「日本で活動したい」と言うと家族は大反対

――AKB48に入りたいという思いをご家族へ打ち明けた時、どのような反応でしたか。

真楪伶 両親は芸能活動には反対でした。日本で活動したいという話をすると、毎日のように親子げんかになってしまって。

 お母さんは特に反対で、だからお父さんも賛成ではありませんでした。例えるなら、お父さんが会社の社長だとしたら、お母さんが株主みたいなイメージです。家族の中では、お姉ちゃんだけが応援してくれていました。

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©︎石川啓次/文藝春秋

――最初は、ご家族に理解してもらうこと自体が大変だったんですね。

真楪伶 高校2年生の時には日本のファッションショー「GirlsAward」のオーディションにも応募したんですが、最終審査で落ちてしまったんです。その時お母さんはガッツポーズをして喜んでいたくらいです。

 でも、その頃の私は、やっと自分のやりたいことを家族に言えるようになっていました。一度本音を伝えられたことで、「もうこれ以上怖いものはない」と思えたんです。

 それからはいろいろなオーディションに挑戦するようになりました。最初は両親も困っていましたが、だんだん私の本気度を理解してくれて、高校3年生の頃には「大学受験が終わったら応援するよ」と言ってくれるようになりました。

©︎石川啓次/文藝春秋

――ご家族も少しずつ応援してくださるようになったんですね。

真楪伶 そんな高校3年生の2014年12月、指原莉乃さんが台湾でオーディションを開催すると発表したんです。「憧れのAKB48に入れるかもしれないなんて、こんなチャンスは二度とない」と思って、「ダメでも後悔だけはしたくない」という気持ちで挑戦することを決めました。

 AKB48が好きなことは周りの友人にも知られていたので、「応募しなよ!」と本当にたくさん連絡が来ました。ちょうど受験が終わったタイミングでもあって、「これは運命かもしれない」と思いました。もちろん、「受かるわけがない」とも思っていましたけど(笑)。