「私はただのジャガイモ」から「選ばれるかも」に変わるまで
――受かるわけがないと思っていたのは、理由があったのでしょうか。
真楪伶 今だから笑って話せますけど、当時の私は自分のことを「ただのジャガイモ」だと思っていて「やっと人間になれた」くらいの感覚でいました。
キラキラしている人たちを見て、「私は全然違う」と感じていたので、鏡を見るたびに泣いてしまうこともありました。「こんな私がモデルやアイドルを目指すなんて恥ずかしい」と思っていて、もともと自己肯定感はすごく低かったんです。
――「緊張したら周りの人を野菜だと思え」なんて言葉もありますが、「ジャガイモ」というのは、ご自身をその他大勢の一人だと思っていた、というような意味でしょうか。
真楪伶 そうです! だから、オーディションでも、「誰か一人がAKBのメンバーになるなら、その子と友達になれたらいいな」くらいの気持ちでした。自分が選ばれるなんて本当に想像もしていませんでした。
――実際に、憧れのAKB48のメンバーに選ばれた時は、どのようなお気持ちでしたか。
真楪伶 選ばれた瞬間はもちろん、うれしかったです。不思議なことに、合格発表の約1か月前くらいから「私、選ばれるかもしれない」と直感的に感じるようになったんです。
そして発表当日、名前が呼ばれる前から「私だ!」と分かってしまいました。
――まるで、何かに導かれたようなお話ですね。
真楪伶 でも、その後は嬉しい気持ち以上にプレッシャーの方が大きかったんです。私は一人で台湾代表として選ばれたので、「自分だけの問題じゃない」と、思い詰めてしまって……。それから4日間、ずっと泣いていました。
寝る前に泣いて、横になっているから左目から流れた涙が右目に入って、でもまだ泣いて、一晩中泣いて、朝起きてもまた泣いて。だけど泣いているうちに、「これは夢じゃない。本当にAKB48のメンバーになったんだ」と少しずつ実感が湧いてきました。
――長い間憧れていたAKB48だったからこそ、すぐには現実だと受け止められなかったんですね。そんなオーディションを振り返ってみて、印象に残っている出来事はありますか。
真楪伶 一番びっくりしたのは、秋元康先生が台湾まで来てくださったことです。
「本当に来てくださったんだ!」と驚いていたその時、秋元先生から「君はなんで応募したの?」と聞かれたんです。私は迷わず、「AKB48に入って日本の芸能界で頑張りたいからです!」と答えました。

