――思わぬところで、すれ違いが生まれてしまうこともあったんですね。

真楪伶 あともう一つ、撮影の合間にスタッフさんから「真楪伶も、すっかり東京に染まりましたね」と冗談っぽく言われたことがありました。私は「東京での生活に慣れましたね」という意味だと思って、「はい、私は東京に染まりました!」と笑顔で答えたんです。

 でも後から、「東京に染まる」という言葉は少し皮肉っぽいニュアンスで使われることもあると知って、「そういう意味もあるんだ」と驚きました。

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©︎石川啓次/文藝春秋

――確かに、日常生活では言葉そのものだけでなく、その場の空気やニュアンスも含めて受け取る必要がありますよね。

真楪伶 日本で生活する中で、こうした言葉のニュアンスや文化の違いを少しずつ学んできました。誤解が生まれてしまった時は、まず素直に謝るようにしていましたし、周りの皆さんに助けてもらいながら、一つひとつ覚えてきたという感じです。

毎日2時間配信、ファンが支えてくれた孤独な生活

――そんな大変な日々を支えてくれたものは何だったのでしょうか。

真楪伶 加入して2年目から毎日、ファンの方と交流するためにSHOWROOMで配信を始めました。毎晩22時から24時まで、2時間ずっと配信していました。

 最初は正直、配信することに抵抗がありましたが、続けていくうちにだんだん楽しくなっていったんです。ファンの皆さんがコメントで応援してくださるのが本当に励みになりました。

©︎石川啓次/文藝春秋

 アイドルになる前の私は、AKB48のメンバーを見ているだけで元気をもらっていました。つらくても「勉強を頑張ろう」と思えるくらい、大きなエネルギーをもらっていたんです。だから、いつか自分も誰かに元気を届けられる存在になりたいと思っていました。

 実際にアイドルになってみて、ファンの皆さんから「今日も頑張って」「元気をもらいました」とコメントをいただくたびに、「もっと頑張ろう」と思えました。元気をもらう側だった私が、今度は誰かに元気を届ける側になれたことが、本当に幸せでした。