――ファンの皆さんとのやり取りは、日本での生活にも大きな影響を与えてくれたのでしょうか。

真楪伶 配信を始めた頃は、日本語もまだ片言でした。だからファンの皆さんには、「ひらがなでコメントを書いてください」とお願いしていました。イントネーションまで丁寧に教えてくださる方もいて、本当にたくさん助けてもらいました。

 今、日本語がここまで話せるようになったのは、ファンの皆さんのおかげかもしれません。

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©︎石川啓次/文藝春秋

「こんなに大人っぽい曲だったんだ…!」後から歌詞を知って衝撃

――日本語を話せるようになるまで、ご自身で努力されていたことはありましたか。

真楪伶 ドラマを見たり、小説を読んだりもしました。コロナ禍にはオーディオブックも始めて、本を読みながら声優さんの読み方を聞き、自分でも声に出して練習していました。

「自分の発音とどこが違うんだろう」と何度も聞き比べながら、本当に毎日勉強していました。

――それだと、AKB48の楽曲の歌詞を覚えるのも大変ですよね。

真楪伶 例えば、「ポニーテールとシュシュ」(作詞:秋元康、作曲:多田慎也)では、サビのところでは頭の上で髪を結ぶような仕草や、「君が走る~♪」のところでは走るような振り付けがあるんです。だけど、当時の私は日本語もまだ十分に理解できていなかったので、歌詞の意味が分からないまま歌っていました。振り付けも覚えることが多い中で、それが本当に大変でした。

 また、後になって歌詞の意味を知り、「こんな内容だったんだ」と驚くこともありました。特に「制服が邪魔をする」は、大人になって改めて歌詞を理解して、「こんなに大人っぽい曲だったんだ……!」と感じました。

©︎石川啓次/文藝春秋

――当時の真楪伶さんの苦労や混乱が伝わってきます。

真楪伶 AKB48はとにかく曲数が多いんです。公演曲やシングル、カップリング曲、アルバム曲まで含めると、本当に膨大な数があります。今でもカラオケへ行くと、「こんな曲もあったんだ」と思うことがあるくらいです(笑)。

 しかも、新曲も年に4~5枚のペースで発売されていたので、そのスピードについていくだけでも精一杯でした。

次の記事に続く 「渡辺麻友さんが『かわいいね』と言ってくれたのに…」たった1人で来日→AKB48初の海外メンバーになった真楪伶(29)が明かす、加入当初にしてしまった“まゆゆ”への「大失敗」

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