考えなければならないのは、かつての地域社会における血族の複雑さだ。狭い地域で一族の血は濃いうえ、子どもがいない場合は一族間で養子関係を結ぶ風習。そこに世代交代が加われば、価値観その他が異なるのは当然だろう。血族内の関係は複雑になり、利害が錯綜する。他人同士なら黙って済ませるような些細なことが後々まで遺恨を残すようになる。それは國太郎に限ったことではないだろう。

 光蔵らに対して國太郎が暴風のように発散させた憎悪には、自身の老いの自覚への焦りといら立ち、そして急速に様変わりする時代に対する、どうしようもない怒りが混じっていたのではないか。

いまは消え失せた“地域における人間関係”

 大量殺傷事件は最近も時折起きているが、ほとんどは不特定多数を無差別に狙った犯行。親族らへの深い怨恨が動機となった今回の事件とは性格が異なる。その意味では、この事件は、当時比較された鬼熊事件以上に、この13年後の1938(昭和13)年に起きた「津山30人殺し」(文春オンライン「昭和事件史」)に通じる。現場も中国山地を挟んだ岡山県津山市。地域の閉鎖性などにも似通った条件があった。

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 さらに今回の事件と同じ1926年には、兵庫県龍野市で5月、老舗麹店の次男が自分の妻子や親族計7人を殺して犯行を偽装するという“血の濃い”事件も起きている(文春オンライン「大正事件史」)。地方社会が大きく変貌し、家父長制度を根幹にした地域共同体がほぼ完全に崩壊したいま、親族関係も薄れ、恨みを抱くような深い関係も存在しなくなった。あらゆる意味で、いまは消え失せた、地域における人間関係のありようを示した事件といえるのだろう。

【参考資料】
▽『鳥取県警察史第1巻』(鳥取県警察本部、1981年)
▽『捜査實例集』(内務省警保局、1928年)
▽郵政省編『郵政百年史』(逓信協会、1971年)
▽東伯町誌編さん委員会『東伯町誌』(東伯町、1968年)
▽『山陰實業興信録大正11年』(實業興信所山陰本所、1922年)
▽『シリーズ日本近現代史 構造と変動3(現代社会への転形)』(岩波書店、1993年)
▽成田龍一『大正デモクラシー』(「シリーズ日本近現代史(4)」)(岩波新書、2007年)

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