1階の座椅子で就寝したが、再び2階へ
夫婦の寝室を排泄物まみれにされたことでついに逆上した健二郎は、「これじゃあ寝られない」と思い、1階の居間の座椅子を布団代わりにして、窮屈な体勢で一旦は床についた。寝室の惨状はそのまま、この出来事を忘れるように。明日も仕事だ。寝ないと仕事にならない。
「でも、10時半ごろ、すぐに目が覚めちゃって。やっぱり布団じゃなきゃ熟睡できないと思って2階に上がったんだけど、臭いが強烈でね。ほら、女房は認知症の薬を飲んでるでしょう。そのせいもあってね」
問題は、寝室の畳の上に広範囲に散らばる排泄物群である。タオルをトイレ代わりにしていたならいざ知らず、さすがに畳の取り替えが必要になるほどまでの惨状になると、簡単に清掃が終わるとは思えない。悪臭は、もう階段を上る途中から漂ってきた。
いつしか居間の椅子にかけてあるタオルを手にしていた。その刹那、健二郎は自分でも思ってもみない行動に出る。
「首にかけていたタオルで首を絞めちゃった」
「それで……。それで、首にかけていたタオルを手にして、首を絞めちゃった」
健二郎は能面のような表情のまま言った。夫婦の絆が惨劇に変わる瞬間だった。
――首を絞めたとき、奥様は?
「布団で、仰向けで寝たままぜんぜん動かない」
――そのタオルは……。
「いつも仕事場で使ってる、汗拭き用のタオルです」
――使い慣れたタオルで。
「タオルでもね、旅館で配られるような、あれ。生地の薄いやつね。よく旅行へ行きましたから、そういうタオルがいっぱいあり普段使いしていたんです」
――奥様の顔を見て首を絞めようと思ったのか、それとも階段を上っているときから「殺してやる」と考えていたのか。
「いや、無意識。殺そうなんて考えてない」
――それは1回目、夜8時の時点でもですか?
「なかった」
――どうタオルを首にかけて絞めたんですか? そのときの状況は。
「女房が仰向けで寝ているでしょう。私は枕元に座り、手で女房の首と頭を持ち上げ、下からタオルを入れて首に一巻きして、交差したタオルの左右の端と端を持って、ギュッと」