深みのある低音ボイスで『攻殻機動隊』バトー、『メタルギアソリッド』のソリッド・スネークなど数々の人気キャラを演じてきた声優・大塚明夫さん。父は『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男や『美味しんぼ』の海原雄山で知られる名優・大塚周夫さんだ。
父の生き方を見て、かつては役者になるまいと考えていたという大塚さんはなぜ同じ道を歩むことになったのか。声優になるまでの紆余曲折、父との共演や世間で語られた“確執”、そして父から受け継いだ役への思いを聞いた。
父・周夫との確執を噂されることもあるが……
――大塚さんのお父さんは、『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男、『美味しんぼ』の海原雄山などの声を演じられた大塚周夫さんです。周夫さんとはアニメ、ゲーム、さらにラジオでも共演されているのですが、なぜか確執があったとよく言われます。
大塚明夫さん(以下、大塚) 共演すると「仲直りしてよかった」とか言われましたけど、別に仲違いもしてないんだけどなと(笑)。馬鹿親父と馬鹿息子で、本当にちょうどいいなと思っていたくらいだったので。
――ただ、周夫さんの姿を見て、幼少期は役者にはなるまいと考えていたそうですね。
大塚 母はしょっちゅう泣いてましたから。すごいなと思ったのが、僕が小学校に上がった頃、父が急にそれまでいた劇団を辞めて、小沢昭一さんが作った「俳優小劇場」に研究生として入るって言うんです。
その時、父は36、37歳くらい。研究生になったら外部で仕事をしてはいけませんというのが決まりで、それでは生活ができない。それを聞いて、お袋が「辞めてください」と泣いていたのを覚えてます。結局、父は劇団に入り、お金に関しては親戚が随分助けてくれたと、後で聞きました。
「マグロ漁師」の誘いを受けたことも
――役者に対して、あまりいいイメージがなかったんですね。そんな大塚さんは、どうしてお父さんと同じ道に進むことになったのでしょうか。
大塚 大学を途中でやめて、そこからはトラックの運転手をやってたんです。東京の村山に当時、日産の工場がありまして、そこから川崎や横浜のモータープールに輸出用の車を並べに行ってました。そうやっていたら、ある時、おじさんから「お前、マグロ船に乗らないか」って言われて。それで乗ろうと思ったんです。
――マグロ漁はつらい仕事だと思うのですが、よく乗ろうと思われましたね。
大塚 日常がつらかったんだと思います。マグロ船に乗って海に出たら何か変わるかもしれない、と。結局、歯の治療が間に合わなくて、乗れなかったんですけど。それで困って、そこからです。芝居をやってみようかなと思ったのは。
――当時、好きだった方が役者と付き合っていて、だったら自分もなってやると思ったことも理由だと、以前、別の媒体で話されていますね。
大塚 財産もなく学歴もない、将来の選択肢がどんどん削れていく。楽しい人生にするためには、ミュージシャンになるか、役者になるかしかないと思って。乾坤一擲と言ってしまえば聞こえはいいけれど、それで芝居を始めたんです。だから、もう何も考えてない。典型的な昭和のあんぽんたんなんです。

