結局「家柄」に戻ってしまったりん
気になるのは、その後だ。直美は、依頼を受けて患者の家に出向く派出看護婦の会を立ち上げ、そこにりんが加わる。ところが、再出発したりんの最大の売りは、家柄の良さになっていく。お金のある家からは看護料をもらい、ない人は無償でみる。その仕組みを回すには裕福な家の信用が欠かせず、直美がりんの家柄を看板に使うのは理にかなっている。ただ、評判の看護婦になっていくりんが、結局は家柄という出発点に戻ってしまう展開には、残念さは否めない。
しかもりんが幼なじみ、小説家志望の男性、新聞記者と、周囲の男性から次々に好意を寄せられるなど、恋愛がらみのエピソードが目立つようになった。回を追うごとに頼もしさを増す直美と比べると、共感を得にくい。
では、なぜこうした差が生まれたのか。
史実に沿ったりん、自由に動けた直美
本作は、2人とも実在の人物をモチーフにしたオリジナルの物語とうたっている。ただ、モチーフとの距離は2人でかなり異なる。
直美のモチーフの鈴木雅は、士族の娘と伝えられ、陸軍士官の夫と死別したのちに看護の道へ進んだ。孤児という直美の生い立ちは、大胆なアレンジである。対してりんは、元家老の娘という出自に始まり、父の病死、結婚と出産、上京して看護婦になるまでの大きな流れが、大関和の生涯に沿っている。
大関和には資料が比較的多く残り、その生涯をたどった評伝が本作の原案にもなっているのに比べ、鈴木雅についての資料は少ない。出自まで変えた直美は自由度が高く、作り手にとっても動かしやすかったのだろう。余談だが、新聞記者から求婚されるくだりのように、りんの恋愛エピソードにも史実に基づくものがある。
物語の型も違う。家族も家柄も持たない直美の歩みは、何もないところから努力で居場所を獲得していく成長の物語だ。しかも、その獲得はりんとの関わりを通じて進む。直美はりんの家で暮らし、りんに代わってその娘の面倒を見る、2人目の母のような存在になる。
ところが、ようやく手にしたこの家族が、思いを寄せてくれた軍人からのプロポーズを前に、直美をためらわせる。一度は断られた彼は、りんを恋敵と呼ぶ。家を離れるのが怖いと本音をこぼす直美と向き合い、背中を押したのもりんだった。家族を与えることも、そこから送り出すことも、バディの相手が担っている。
結婚した夫を、戦闘での負傷がもとで亡くしたあとも、直美の再生は描かれていく。これに対し、史実に沿ったりんの人生は、どこへ向かっているのかが見えにくい。視聴者の好感や信頼が直美に傾いていったのは、無理もなかった。




