『風、薫る』が“あえて難しい道を選んだ”理由
朝ドラにはこれまでも、『あまちゃん』のアキとユイ、『虎に翼』の寅子とよねのように、主人公と親友や仲間との関係がバディとしてうまく機能した作品がいくつもあった。ただし、いずれも主人公は1人で、相手はその隣に立つ存在だった。
本作には、作り手たちのさまざまな思いが込められている。制作統括によれば、企画の出発点は、コロナ禍で当たり前の暮らしが突然できなくなるなか、患者に寄り添い励ます看護師たちの姿に勇気づけられた経験だった。
WHOなどの報告書では、2030年の時点で世界で400万人を超える看護師が不足すると見込まれており、看護はいま描く意味のある題材でもある。一方、バディものは制作統括が当初から望んだ形でもあり、依頼を受けた吉澤もまた、脚本家になってからずっと女性2人のバディものを書きたいと願っていたという。
物語の強さや完成度を何より重視するなら、歴代の名作を振り返っても、半年間を中だるみも尻すぼみもさせずに書ききる筆力のある脚本家を立て、その世界観を制作陣が一丸となって支える作家ファーストの作り方がいちばんだろう。しかし本作は、題材や時代性を重んじ、制作陣と脚本家それぞれの思いを持ち寄って形にしている。
専門性の高い医療・看護を扱うため、多くの考証の専門家に支えられ、盛り込む内容も多い。バディものなら本来、史実に縛られず人物を自由に動かせるオリジナルのほうがやりやすいはずでもある。本作は、あえて難しい道を選んだと言える。
“ずっと見ていたい”と思えるふたり
それでも、この挑戦は評価したい。吉澤が最初に考えたのは「“ずっと見ていたい”と思えるふたりにしたい」ということだった。欠点を抱えたまま隣に並び続ける2人の姿は、完璧な主人公像とも、わかりやすい真逆のバディとも違う手触りをもたらした。
朝ドラは長い歴史のなかで、その時々に新しい挑戦を重ねてきた。看護という道なき道を切り拓いた明治の女性たちの物語を、作り手もまた、これまでにないバディものという形で描こうとした。その試みは、朝ドラに新しい風を吹かせる大きな一歩になったはずだ。




