りんが初めて“欲望”をむき出しにした名セリフ

 そうして互いの本音をぶつけ合った末、りんと直美は幼い娘をともに育てるため、「家族」になることを誓うのだが、ここでより印象に残ったのは、そのあとにふとりんが漏らした「自分の力で生きることは諦めたくない」というセリフだ。りんは環を女学校に通わせることを目標に、慣れない仕事にもひたむきに取り組んできた。娘に教育を受けさせたいという目標は立派で、当時の価値観からすれば、かなり先進的なものだと思う。

 ただ、それはあくまで“母親として”のりんの願いだ。りん自身がなにを望み、どんな人生を送りたいのかという輪郭は、直美と比べて、いまひとつ見えないとも感じていたのである。

『風、薫る』公式Instagramより

 そんななか、直美との喧嘩に触発され、りんから初めて剥き出しの“欲望”がこぼれ落ちたのが、あのセリフだった。環を女学校に通わせたい。自分たちの人生を誰かに委ねたくない。その大それた願いが、すべて「自分の力で生きることは諦めたくない」という彼女自身の欲望につながったとき、ようやく“りん自身”の物語が動き始めたように思えた。

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第1週からの“ロングシュート”が決まった瞬間

 そして、りんの願いは、環を女学校に送り出したときよりも、むしろ環が自らの進路を考え、好きな絵を仕事にしたいと思った瞬間にこそ、実を結んだように思う。家族を知らずに育った直美が、束の間であっても愛する人と家庭を築き、自ら家族をつくったことに比べれば、りんの自己実現は少々わかりづらかったかもしれない。

 けれど、かつて生きるために看護の道を選ばざるを得なかったりんが、愛する娘に人生の選択肢を与えられたことは、りんが自らの力で生きてきた何よりの証左であり、彼女の人生におけるひとつの到達点なのである。「自分の力で生きることは諦めたくない」というあのセリフ、ひいては、すごろくの“あがり”が結婚であることに首を傾げていたあの頃から、長い時間をかけて描かれてきた、とびきりのロングシュートだ。

『風、薫る』公式Instagramより

 いよいよラストが見えてきた9月に入っても、りんと直美の日々は目まぐるしく、日本看護の“ファーストペンギン”として道なき道を切り拓く彼女たちは、試練が絶えなかった。りんと再会したシマケン(佐野晶哉)の容態が気がかりではあるが、最後には爽やかな風が薫るようなフィナーレが待っていると信じたい。

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