リン・ジュンニー(以下、リン) 台湾で、私たちのような40歳前後の世代は、学校で台湾の美術や台湾の文化をあまり教わってこなかったんですね。黄土水という人がいて、歴史の中でどういう理想を抱いて、世界とどんな風に繋がっていたのかということは、教わらなかった。そのため、あらためて自分たちで調べる必要がありました。
ホアン 戦前の台湾は日本から文化的な影響を大きく受けていましたが、戦後、国民党の時代になると、中国の文化の影響を受けるようになります。そこでは2つの文化の衝突がありました。国民党はそれまでの日本の影響をできるだけ消し去ろうとしていました。
戦後の台湾、そして私たちの成長の過程においてもそういう状態でした。そのため、この映画をつくるということは、失われた文化をみんなが持っている記憶を合わせて取り戻していくという過程でもあったのです。
東京藝大で100年後の後輩たちを撮影
映画は、黄土水が書いた文章の朗読、戦前に黄土水が留学していた東京藝大の現在の授業の様子、かつて黄土水が暮らした台湾人留学生の寄宿舎「高砂寮」についての記録などを紹介していく。
ホアン 現在の東京藝大を撮影したのは、ひとつには100年後輩の学生たちはいまどうしているのか撮りたかったということがあります。また、作品の中で東京藝大の先生がおっしゃっているように、黄土水が留学していた当時の藝大彫刻科には木彫はあったけれど、石彫はなかった。そのため、黄土水は藝大に来ていたイタリアの大理石の彫刻家がやっていることを見て学び、どういう道具を使っているかを見て、自ら道具を作りました。その過程に興味があり、東京藝大には同じように自分でつくった道具で制作するという伝統があるので、それを撮影させてもらい、大理石を削って作るということが実際にはどういう過程なのかということを紹介したのです。

