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ブッチャーと呼ばれた軍医たち
当時の野戦病院は納屋の扉をテーブルにしただけの血と泥とホコリにまみれた場所で、返り血で真っ赤に染まった軍医たちは、兵士から恐怖を込めて「ブッチャー(肉屋)」と呼ばれました。止血帯で縛り、ナイフで肉を切り開き、大工道具のようなノコギリで骨を切断し縫い合わせる。次々と患者が来るため、この作業をわずか十分で行いました。病院の外には切り落とされた手足が山のように積み上げられていました。
当時すでにクロロホルムなどの麻酔薬は存在していましたが、南軍は海上封鎖で医薬品が不足していたため、兵士にウイスキーを飲ませて木の棒を嚙ませ、麻酔なしで切断することも少なくありませんでした。さらに「麻酔を使うと心臓が止まる」「痛みが生きる力を引き出す」と言って、わざと使わずに切断する軍医もおり、野戦病院は24時間悲鳴とノコギリを挽く音が響くまさに地獄でした。
見えない殺人者は「不衛生」
切断手術以上に恐ろしかったのが、衛生観念のなさです。細菌説が確立されておらず、医者たちは手術の前に手を洗いませんでした。血と膿がついた手も水で軽くゆすぐだけで次の手術に取り掛かるため、前の患者の菌が新鮮な傷口に塗りつけられ、「院内感染」が大量生産されました。
傷口から白い膿が出ると、医者は「体が治ろうとしている証拠だ」と喜びましたが、実際はブドウ球菌による重篤な感染症のサインでした。道具の管理も杜撰で、傷口や床の血を拭いたスポンジを軽く絞って使い回すため、細菌の温床となりました。
結果として、敵の弾丸ではなく味方の軍医の「汚れた手」によって敗血症や破傷風で死ぬ兵士が後を絶ちませんでした。
