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最強の敵は「下痢」と「アヘン」
しかし死因のトップは、もっと惨めな赤痢やチフスが原因の下痢と高熱でした。死者62万人のうち撃たれて死んだのは約20万人で、残りの40万人以上はキャンプでの病死だったのです。
密集したキャンプ生活ではトイレの処理が適当で、水源近くに穴を掘るため雨で汚水が飲み水と混ざったり、ハエが菌を媒介したりしました。
下痢の激しさにトイレに駆け込む様子を「テネシー・トロッツ(テネシーの早逃げ)」と皮肉った隠語も流行しました。栄養失調で体が弱り切ったところに不潔な水と感染症が襲い、多くの若者が一度も銃を撃たずに汚物にまみれて死んだのです。
生き残った兵士たちも、戦後にアヘン中毒という別の地獄が待っていました。切断後の激痛や下痢を抑えるため、軍医たちはアヘンやモルヒネを大量に使用しました。結果として40万人以上の中毒者が生まれ、「軍隊病」と呼ばれて長く彼らを苦しめました。
現代医療の礎
南北戦争の医療体制はあまりに悲惨でしたが、62万人という犠牲が近代医療を劇的に進化させた側面もあります。救急車隊のシステムや、重症度で優先順位を決めるトリアージの概念が生まれ、戦場での献身的な看護活動が後のアメリカ赤十字社設立へと繫がりました。
私たちが清潔な病院で麻酔を使い、痛みもなく手術を受けられるのは、泥沼の中で麻酔なしで手足を切られ、実験台のように死んでいった兵士たちの犠牲の上に成り立っているのかもしれません。