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ENEOSの工場の中を覗くと、貨物ホームのような構造物が見える。きっと新興線の現役時代には、引込線で貨物列車が工場の中まで乗り入れていたのだろう。
宝町から再び運河を渡ると大黒町へ。ここでも産業道路に並行して新興線の廃鉄橋が残っている。橋台の残骸のようなものがむき出しになっていた。このまま撤去されてしまうのか、それともいつか整備をして渡れるようになるのかどうか。
大黒町に入ると、かつて広大な側線が広がっていた産業道路沿いに新しい施設が建設の最中だった。その工事に合わせて廃線跡の遊歩道も途切れたままなのだが、施設が完成すれば遊歩道は蘇ることになるのかもしれない。
そんなことを思いながら5分ほど歩くと、正面に見えてくるのは首都高大黒線の高架橋だ。その下を通る大黒橋通りと産業道路の交差点手前が、新興線の終点・新興駅である。途切れていた遊歩道が最後に復活し、「貨物線の森緑道」という看板が掲げられていた。こんな武骨な工場・倉庫エリアの真ん中の貨物駅跡の公園。誰かやってくるのだろうかと気にもなったが、端っこにタバコの吸い殻がたくさん捨てられていた。いやはや。
こうして終点を迎えた新興線の廃線跡。新興駅の名は目の前の交差点や近くのバス停の名にいまも残っている。
新興線の列車が走っていたのは2002年まで。正式に廃止されたのは2010年のことだ。それから16年が経った埋立地。貨車の行き交う音は聞こえなくなったけれど、日本を支える工業地帯であることは開業当時からいささかも変わっていない。






