陸上競技で4大会連続のオリンピック出場を果たした福士加代子さん(44)。2008年の初マラソンで4度転倒しながら完走して話題となり、2013年の世界陸上モスクワ大会女子マラソンでは銅メダルを獲得した。
2022年1月に現役を引退し、現在はワコールのアドバイザーを務める傍ら、陸上競技の普及活動にも取り組んでいる。
そんな福士さんに、トラック競技からマラソンに転向した理由、「ナメていた」と語る初マラソンの大失敗、五輪メダリストから教わった秘訣などについて話を聞いた。(全3回の1回目/2回目に続く)
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初マラソンで転倒しまくり、監督や会社にまで誹謗中傷が…
――もともとトラックの女王だった福士さんが、なぜマラソンを始めたのですか。
福士加代子さん(以下、福士) ざっくりいうと、トラックの記録が伸び悩んでいて、なんか変えなきゃと思っていたんです。
決定的だったのは、マラソンをやっていた渋井陽子さんが10000mの日本記録(30分48秒89)を出しちゃったんですよ。もう何しやがんだって感じでしたね(笑)。
それまでハーフは走っていたんですけど、(トラックで)日本記録を出すにはもうちょい距離を伸ばさないといけないと思って、マラソンを始めたんです。
――最初のフルマラソンは、2008年1月の大阪国際女子マラソンでした。トラックと異なり、マラソンの練習はかなりキツく感じましたか。
福士 練習ね。最初は、そんなにやってなかったんです(苦笑)。なんかノリでやっていたのもありましたし、みなさんに期待されていたので、私もいけるだろうって。マラソンを完全にナメていました。
だから、練習も30km走とかやらないといけないのに全然やらず、20km走を2回やればいいかって(笑)。
監督には「もっと走れよ。おまえ、こんな状態でマラソンに出ちゃダメだよ」って言われたけど、「出ると言っちゃったんだからもう引けないじゃん」と思いながら出たんです。そうしたら大失敗して、痛い目にあいました。
――初マラソンで4回転倒して、2時間40分54秒で19位でした。
福士 転びまくって、しんどくて、もうこれで終わりでいいやって思いましたね(苦笑)。最後は、完走しないと完走タオルをもらえないので、何がなんでもゴールしなきゃって必死になって辿り着きました。
そのせいか、最初は「よくやった」みたいに言われたんですよ。でも、翌日には「マラソンをナメてる」と世間から言われて、監督やチームメイト、会社まで誹謗中傷されたんです。
ただ、私が練習していないだけなのに、こんなに人に迷惑をかけるんだ、これじゃダメだと思って、もう一回ちゃんとやろうと思いました。




