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地面にレールが埋め込まれた遊歩道を少し進むと、とてもこの場所に必要とは思えないトラス橋があった。
銘板を見ると、1907年にアメリカで製造されたことがわかる。ちょうど時代は明治末。貨物線が建設された時期だ。つまり、このトラス橋は貨物線現役当時から残っている、桜木町駅前がザ・港湾だった時代の実に大きな痕跡なのである。
同じようなトラス橋がすぐ先にももうひとつある。大岡川の河口を横断するように線路を通す際、船の航行ができるようにとすべてを築堤にするのではなく、途中2か所に橋を設けたのだという。そんな当時の配慮が、いまやすっかり観光名所になっている。
ふたつのトラス橋ともうひとつの小さな橋を渡ると、遊歩道はワールドポーターズの前に出る。このあたりで地面のレールは途切れてしまい、どこが廃線跡なのかはもうわからない。古い地図と照らし合わせると、まっすぐ赤レンガ倉庫方面に向かっていたようだ。
天皇陛下も降りた“幻のホーム”
そして新港中央広場のあたりで北にカーブ。その先には、古いプラットホームが残されていた。横浜港駅のホームだ。
明治末、横浜~横浜港荷扱所間で開業、通称“税関線”などと呼ばれた貨物線。1920年には荷扱所が横浜港駅に改称し、ボートトレインの運転も始まっている。ボートトレインは、横浜港からサンフランシスコに向かう船便の出港日のみ運転される旅客列車のことだ。
船の乗客や見送りの人たちを乗せて、東京~横浜港間に走った列車。当時のこと、海外に行く人は裕福な人ばかり。だから短い距離ながらも、優等客車が連結されていたという。





