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象の鼻パークから大さん橋の脇までを高架で抜ける区間が、桜木町駅前の汽車道から続く遊歩道になっているのだ。現役時代は山下公園の内部も高架で抜けていたが、その区間の高架はすでに撤去されている。
横浜では、昭和の終わり頃にこうした貨物線が次々に撤去されて姿を消して高島線だけが残り、変わってみなとみらい21地区という新しい再開発地区が誕生した。桜木町駅を降りて汽車道を歩くだけでは、この町がかつてどんな顔をしていたのか想像も及ばない。少なくとも、貨物線が現役だったならば行楽地としての港町・横浜は生まれなかったのだろう。
そして、いまだ現役の高島線の沿線は、いまも港湾エリアの武骨な、ときに殺伐とした感すら覚える町並が残っている。高島線からみなとみらい、汽車道に続く現役貨物線と廃貨物線は、横浜の歴史そのものを背負っているのだ。
(写真=鼠入昌史)


