車上生活から這い上がった女性、キャンピングカーで余生を過ごす元軍人、そして自宅の立ち退きをめぐり嫌がらせを受け、一触即発の対立に至った老夫婦……。なぜ立場も境遇もまったく異なる人々が、ときに「カルト宗教」と揶揄されるほどイーロン・マスクに熱狂し、彼を無償で擁護し続けるのか。

 ここでは、池松由香氏の著書『データで徹底解剖 イーロン・マスク帝国』(日経BP)の一部を抜粋。テスラの「広告費ゼロ」を支える熱狂のカラクリと、敵対した住民すら虜にしてしまう男の“恐るべき磁力”の正体に迫る。

©AFLO

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ファンボーイたちの肖像

「まず、イーロンとの出会いを教えてもらえますか」

「もちろん!」

 2022年7月、米ルイジアナ州バトンルージュの自宅からオンラインで取材に応じてくれたジョナ・クライダーさんは、画面越しに満面の笑顔で話し始めた。現在はテスラ専門のオンライン誌「テスララティ(Teslarati)」でライターを務めるが、一時はホームレスだった。

 彼女の人生は壮絶だ。父親が誰かは知らされず、母については周囲から薬物に依存していたと聞かされて育った。車の中や路上、避難所を転々とし、小学校と中学校で何度も転校した。その後、成人して出会った男性と結婚。夫の仕事の都合で地元のルイジアナ州からテキサス州のダラスやヒューストン、ノースカロライナ州と転居を重ねる中で、流産を経験。さらに浮気をした夫と浮気相手に家を追い出された。ルイジアナに戻り、友人や家族を頼りながら生活を立て直そうとするも、精神状態はボロボロだった。

 そんな時、たまたまインターネットで見つけた動画があった。12年に放映された米CBSの人気ドキュメンタリー番組「60ミニッツ」だ。

 特に心に残ったのが次のシーンだ。マスク氏は幼い頃から宇宙を夢見てスペースXを設立した。何度もの失敗を乗り越えた末、いざNASAの仕事を本格化するか、という時、月面着陸で知られるニール・アームストロング氏などに反対された。番組のホストが「宇宙のレジェンドたちに米議会で反対の証言をされましたね。どんな気持ちでしたか」と問われると、目に涙をいっぱいため、こう喉を詰まらせた。

「とても悲しかった。なぜなら……彼らは私のヒーローでもあったから」

「イーロンは諦めなかった。私にだってできる」。映像の中のマスク氏が、自暴自棄になっていたジョナさんに勇気をくれた。彼女はマスク氏に宛てた公開レターを書き、本人が見るはずもないと思いつつ、自身が運営していたブログに掲載した。すると、これを読んだマスク氏が当時のツイッターでシェア。細々と運営していたジュエリー販売サイトへのアクセスも急増し、生活が安定したのだ。その後、ライターを目指すゆとりが生まれ、現在の仕事につながった。