沈黙を破ったのはレイさんだった。ソファからすっくと立ち上がり、言い放った。「あなたたちがここにいる老人たちにしていることは無礼だ!」。マスク氏が「僕が何をしていると?」と返すと、マリアさんが引き継いだ。ハリケーンで家を失い再建したこと、提示された買収価格が、同等の物件を購入するのにかかる金額に遠く及ばない水準だったこと、契約書に「交渉しない」と書かれていたこと……。絶望したと訴えた。
「交渉しないとは言っていない」というマスク氏に、住民たちは「でも契約書に書いてあるぞ!」と押し問答になった。腹を立てたレイさんとマリアさんが帰ろうと階段の方へ歩き出すと、セキュリティースタッフが威嚇するように横にぴったり張り付き、別のスタッフに制止された。その瞬間、マリアさんの堪忍袋の緒が切れた。マスク氏ににじり寄り、こう言い放った。
「私たちに指1本でも触れたら、明日の朝刊のトップ記事はすべてその話題になるわよ」
20年、マリアさんは契約書に署名した。会合の後も嫌がらせが続き、夫婦共に精神的苦痛が限界に。体を壊しては意味がないと判断したのだ。にもかかわらず、彼女は今もスペースXの動きをSNSで発信し続けている。
なぜマスク氏を嫌いになれないのか
なぜマスク氏を嫌いになれないのかと問うと、こう返ってきた。
「できないことはできないと言う。火星に行ったら戻ってこられないかもしれないとも言っている。そんな正直な経営者は他にいない。しかも自分自身のお金もすべてつぎ込んでリスクを取る。すべてのチップをテーブルの上に出すの。私はそういう人が好き」
あの一触即発のミーティングも、終盤には参加した住民のほとんどがマスク氏と写真を撮りたがり、同氏もそれに応じていたという。マリアさんもきっと、直接向き合ってくれたマスク氏の誠意を感じ取ったからこそ、自宅の売却を決めたのではないだろうか。
これほどの磁力を持つ男は、どのようにして生まれたのか。