顔に缶を投げつけられる激しいいじめ、親の離婚、そして生後わずか10週で亡くした長男――。世界一の大富豪イーロン・マスク氏の「折れない精神」の裏には、幼少期から積み重なった壮絶な“喪失体験”があった。傷だらけの孤独な天才は、なぜ政治という泥沼に足を踏み入れ、国民の「憎悪の標的」へと転落していったのか。
日経BPの新刊『データで徹底解剖 イーロン・マスク帝国』(日経BP)より、彼を突き動かしたトラウマと、トランプ政権下で起きた「DOGE(政府効率化省)の失敗」の真相を一部抜粋してお届けする。
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南アフリカの孤独な少年
1971年、南アフリカ北東部のプレトリアで、英国系南アフリカ人の父エロールさんとカナダ人の母メイさんの間に生まれた。下に弟キンバル氏と妹トスカさんがいる。学校ではうまく友達と交流できず、缶を顔に投げられるなどいじめに遭い、病院に運ばれたこともある。79年に両親が離婚し、その後、兄弟2人は父の元へ。父エロールさんは子どもに厳しく接していたとされ、マスク氏は成人してからもあらゆる場面で父を「信じがたいほどの悪人」と非難している。
いじめから逃れるため、次第に家に閉じこもってSF小説を読んだり、コンピューターでプログラミングをしたりするようになった。12歳の時にはゲームソフト「ブラスター」を開発して販売している。SF小説は後に宇宙開発への夢に、プログラミング技術は後の起業へとつながった。89年、母の出身地カナダへ移住。大学で経済と物理を学んだ後、95年にスタンフォード大学の博士課程に進学するが、わずか2日で退学して起業の道へ踏み出した。
喪失が北極星を作った
英マンチェスター大学の組織心理学者、サー・キャリー・クーパー教授は、数十人の起業家と既存企業のCEOを比較インタビューした研究の中で、ある共通パターンを見いだした。起業家の多くが、8~10歳の頃に親の離婚や死別、深刻ないじめといった「損失体験」を経験していたというのだ。
「損失体験をした人は、大人になってから物事を自分の意のままにコントロールしようとする傾向がある。それは権力とは違う。子ども時代に人生を思うようにコントロールできなかった分、それを取り戻そうとするのだ」とクーパー教授は言う。「起業は、これらの欲求を満たす格好の手段だ」(同氏)
