ジョン・ストリンガーさんが18年に立ち上げたテスラ車所有者団体「テスラオーナー・シリコンバレー(TOSV)」も、この「熱狂スパイラル」の産物だ。XやユーチューブなどのSNSのフォロワーは合計で約280万人。所有者同士が自慢の車両を見せ合い、情報を交換するフェスのようなイベントが人気で、過去に何度か、マスク氏本人がふらりと現れて所有者たちと親交を深めたことでも知られる。
「イーロンが所有者を大切にするのは苦言を聞きたいから」とストリンガーさんは説明する。
「車両の改善には、それが近道だと考えているんだ」
信仰ではなく、共鳴
この熱狂を「マスク教」と呼ぶ人も多いが、実情は少し違う。ラッセルさんはこう説明する。
「僕たち若い世代はイーロンが描く未来を『信仰』しているし、その意味では『宗教』と同じかもしれない。でも、宗教で危険なのは宗教そのものではなく、リーダーの言うことを見境なく信じる行為だ。僕らはイーロンが間違ったことを言っても信じるほど愚かではない」
実際、彼はマスク氏の機嫌を損ねることを恐れず苦言を呈する。そして、「イーロンの部下になることは考えた?」と聞くと、「客観的な立場からイーロンに物が言える今の立場がちょうどいい。テスラやスペースXで働くのはつらそうだ」と肩をすくめた。
もっと複雑な立場にいる人もいる。筆者がスターシップの打ち上げ試験を見学する時に場所を提供してくれた、スペースXのボカチカ拠点の様子をSNSで発信しているマリア・ポインターさんだ。
マリア・ポインターさんはボカチカで長年、暮らしてきた。アラスカ出身の元船乗りで、メキシコ湾に面したこの小さな村に「夫と共に余生を過ごす楽園」(マリアさん)を見つけ、エアビーアンドビーを活用した宿泊ビジネスを夢見ていた。だが、スペースXの進出とともに、その夢は崩れていった。マリアさんによれば、同社が雇った買収業者による嫌がらせが続き、夫のレイさんはがんを患い、マリアさんも体調を崩したという。19年には「査定価格の3倍で買い取る。価格の交渉は受け付けない」という最終通告が届いた。
19年9月、マスク氏がスターシップ計画の発表のためボカチカを訪れた際、住民との話し合いの場が設けられた。マリアさんたちはスターベースの敷地内の部屋に通されたが、30分、60分、90分と待たされ、ようやくマスク氏が現れたが、住民たちは黙っていた。