売り上げを伸ばすとともに、清水氏が店に立つ時間は短くなった。開業後の最初の1年はほとんど店を休まず、仕込みから片付けまで現場で働いた。従業員が増えた現在は通常、午後1~2時に出勤し午後10時過ぎに店を出る。

 市場へ行く日だけは午前中から働く。店の営業がない日も原価管理や集客に取り組むため、完全に仕事をしない日はない。それでも、「何時に何をするかを自分で決められる自由は、かなり持てるようになった」と話す。

「会社の看板を外したら、自分には何もできないんじゃないか」

 清水氏は大学卒業後、東レの子会社で約10年間、法人営業を担当した。その後、より大きな裁量を求めて立ち上げ直後のITベンチャーへ移り、製造業向けソフトウエアの営業に携わった。

ADVERTISEMENT

 ITベンチャーに勤務していた会社員時代の年収は約550万円だった。大企業からベンチャーへ移って、期待通りに自分で判断できる場面は増えた。しかし、同僚のエンジニアやマーケティング担当者と比べると、自分には明確な専門性が乏しい気がした。

「会社から一歩外に出て看板を外したら、自分には何もできないんじゃないかと思った」と当時の胸の内を明かす。

 食にはもともと興味があり、飲食業への転身を考え始めた。その思いを決定づけたのが、あるイタリア料理店での食事だった。カウンター席で目の前に立つシェフとやり取りしながら料理を味わう店の在り方に魅力を感じた。顧客の反応をダイレクトに感じ取れる仕事に心引かれた。

 飲食の道に進むと決めると、時代が変わっても廃れにくく、自分一人で仕事を完結できる技能は何かと考えた。そこで思いついたのが、すし職人だった。

 すしなら、仕込みから調理、提供、接客まで、カウンター越しに一人で完結できる。組織の一員として働く会社員とは異なり、自分一人で店のすべてを動かせる点に魅力を感じた。

 しかも、すしは世界に通用する日本の食文化である。職人が握る姿が格好いいという単純な憧れもあった。

 ただ、何より引かれたのは、客と向き合いながら料理を提供するカウンター型の業態であることだった。「振り返れば、すし職人でなくてもよかったかもしれない。カウンター型の店をやるだけなら、イタリアンでもよかったのに」と笑う。