ただ、すべての試みが実を結んだわけではない。25年3月には同じビルのすぐ隣の空き店舗を借りて日本酒バーを始めたが、経営は軌道に乗らなかった。そこで約1年で業態を切り替え、26年4月に「すし日和」の「はなれ」という位置付けで、2つの店を統合した。日本酒バーをすし店に転換したところ、売り上げも伸びた。「すしというコンテンツの強さを改めて感じた」と清水氏は振り返る。
カウンター越しの接客に魅力を感じて飲食業を志した清水氏だったが、実際にやってみると意外に難しく、当初は苦戦したという。営業職が長く、話すのが苦手というわけではない。しかし、飲食業でのアルバイト経験すらなかった。
「会社の営業なら、お互いに話す目的も利害関係もはっきりしている。でも、すし店でカウンター越しに交わす会話はそうではない。店に来る人の目的は人それぞれで、相手のことを何も知らないところから始まる。どのくらいの距離感で話せばいいのか、最初は全然分からなかった」(清水氏)
会話を楽しみたい客もいれば、静かに食べたい客もいる。相手との距離感には今も難しさを感じる。しかし、店の口コミには「サービスが気持ちいい」との声も寄せられる。「自分で言うのは恥ずかしいけれど、人当たりがいいとはよく言われる。そこは生かせているのかなと思う」(清水氏)
異業種で培った力は確実に生きる
AIの進歩が人間の仕事にもたらす影響について、清水氏も考えることがある。「すしは何百年も続く食文化であり、これから20年、30 年でなくなるとは思えない。海外でも人気があるし、職人の仕事は奥が深い。すしを握れるスキルは、めちゃくちゃ強力な武器だ。繊細な仕事だから、フィジカルAIがさらに進化したとしても、完全に代替するのは難しいのではないか」と話す。
もちろん、すしを握る技術だけでは稼げない。「会社員時代の経験も、すしの仕事に生きていると思う」(清水氏)。すし店の経営に必要とされるスキルは幅広い。ネタの仕入れもあれば、ITを活用した新規客開拓と既存客のフォロー、損益管理、従業員の指導など。異業種で培った力は確実に生きる。だからこそ、清水氏は年収1500万円に達しようとしている。
清水氏は今後、若手職人に握りを任せる日を設け、自身が店に立つ日を徐々に減らす考えだ。そこで生まれた時間で次の事業の構想を立て、新たな出店も見据える。「それがすし店なのか、違う業態なのかは決めていない」。会社の看板に頼らず、自分の腕と頭で事業を動かし、自由に働く。33歳で会社員を辞めて求めた生き方は、すし職人の枠を超え、次の事業へ広がろうとしている。