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一人前の極道
姐さんに取りなしてもらったこともあって、最後には総長も僕の独立を認め、快く送り出してくれました。
その後、僕は総長の舎弟(兄弟分)に付くことになりました。その方は敵対組織との抗争事件で功績をあげ、総長から縄張りをもらって一家を構えていました。長い懲役から帰ってきたばかりということもあって、色々と不便もあるだろうと、総長が僕を付けたのです。
ただ、総長との縁はその後も切れることはなく、「智明、天津甘栗を買ってきてくれ」など、ことあるごとに僕の携帯に連絡が入りました。24、25歳くらいのころの話です。
いわば一人前の極道になったので、自分の稼ぎ口は自分で見つけなければなりません。
極道の世界では、食い扶持のことを「シノギ」などと呼びます。
はじめのうちは競輪のノミ屋(公式の胴元を通さない、私設の違法投票業)、無尽(仲間内でお金を出し合い、抽選などでまとまったお金を融通し合う)などをやりながら、コンパニオンの派遣会社を経営していました。