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家族が抱えていた「ある問題」
一家の経済的な貧しさは、朝吉の性格的な問題も関係していた。朝吉は食い物に困らなければ、日雇いの仕事に出ない怠惰なところがあった。そして、朝吉の次女トラも精神的な障害を抱えていて、人と満足に話すことができず、学校にも通えなかった。
「昔は今と違って、学校に通わなくても、とやかく言われる時代じゃなかったから、トラさんだけでなくて通ってない子供も多かったけど、トラさんはボーッとしているところがあって、誰とも話すわけでもなく、家の前によく座っていたよ。
朝吉さんはほとんど家の中にいて、外に出て来ないんだよ。傍から見たら怠け者なんだろうけど、生まれつきそうだったわけじゃなくて、元々はここから歩いて30分ほどの集落のけっこうな家だったそうだ。人に騙されたかで、財産を失って、ここに来たって話だよ。それ以来、頭がおかしくなっちゃったじゃないけど、無気力になっちゃったみたいだな」
当時の新聞報道などによると、被害者の父親は低能であると書かれていて、春治さんの見解とは違いがある。果たして、どちらが正しいことを述べているのか、今では知ることはできない。
事件は1945年10月、村に駐在していた巡査が村人の戸籍調べをするために一軒、一軒をまわり、山野朝吉の家も訪問したことから発覚した。その時、トラの姿が見当たらないことが気にかかった巡査が安否を龍に尋ねると、
「前橋に子守りに出ていて、8月5日の空襲で焼け死んだ」