その後、事件は…

 人肉を食べるという事件は、飽食の現代から見ると、ショッキング極まりないが、当時の時代状況を冷静に考えてみると、どこの場所で起きてもおかしくはなかったのかもしれない。

 その証しとして、村人たちの誰もが朝吉や龍を責めない態度に現れているように思えた。

 朝吉一家は事件後も村に留まり、つい数年前に朝吉と龍の間にできた息子が亡くなるまで、暮らし続けていた。刑務所から出た龍は下仁田の寺に引取られ、そこで生活したという。

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 朝吉一家が暮らした家があったところから目と鼻の先に、朝吉が眠る墓があるというので、訪ねてみることにした。

 つい最近作られたと思われる真新しい墓には、朝吉の名前が刻まれていた。ただ墓誌には人身御供となったトラの名前は刻まれていなかった。私は、トラの冥福を祈りつつ手を合わせたのだった。

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