場外で舌を出して失神した猪木
そんななかで行われたのが、構想から3年越しで開催に漕ぎ着けた、「真の世界一=リアル・ワールド・チャンピオン」を決めるためのビッグイベント、第1回IWGP決勝リーグ戦だった。
ここで猪木が見事に優勝を飾り、悲願の世界制覇を成し遂げる。誰もがそんな結末を期待していたが、猪木は決勝のハルク・ホーガン戦でアックスボンバーをモロに食らい、場外で舌を出して失神。TKO負けとなり、そのまま救急車で病院に搬送されるという、まさかの結末となってしまった。
「あのIWGPのあとぐらいから新日本の中に『そろそろ真剣に会社の今後を考えないと大変なことになるぞ』という空気が生まれて、社内がバタバタし始めたんだよね。べつにみんな猪木さんに弓を引くつもりじゃないんだけど、新日本内部がいろんな面で疑心暗鬼になっていたんだよね」
ハイセルによる莫大な負債、そして猪木の糖尿病悪化による体力面での衰えと、レスラーとしての神通力の低下。それが同時に起こったことで、新日本内部には「今はいいが、この先はどうなってしまうのか」という危機感が生まれた。それが83年8月の、いわゆる「クーデター事件」へと発展していくこととなる。
「あの頃に起きたことをよく“クーデター”といわれるけれど、何をもってクーデターだったんだろうなという思いもある。べつに新日本内部でそれぞれがいがみ合ってどうのというわけじゃないしね。ただ、猪木さんを頂点とする体制派と、もう一方は反体制派というわけじゃないんだけど、新日本をよりよくしようと動いた人たちが、経営方針みたいな考え方の違いもあって、ぶつかったんだろうね。
そういうなかで、俺なんかはもう、新日本の台所事情を詮索しようという気持ちはあまりなかったね。とにかくお客さんの期待が充満したリングに上がって、思いっきり試合ができれば、個人の気持ちとしては満足だったから」