気がついたら“血判状”のメンバーに入っていた

 その新団体構想の中心選手として“改革派”が担ごうとしたのが、タイガーマスク、長州力、そして藤波という、猪木に次ぐスーパースターたちだった。

「やっぱり、新日本のリング上のいちばん熱い部分をしっかりと握っておけば、会社の進路を変えられるんじゃないかと、そう考える人がいたんだろうね。ただ、その人たちも新日本の反対側に立って、自分たちで団体を興そうという考えありきではなく、内部を改善しようと動いたことが、結果的にクーデターといわれるような形になってしまったんじゃないかな。

 その改善に向けて、背広組以外のレスラーでは山本小鉄さんや永源遙さんが動いていたんだけど、具体的な話は我々の耳には入ってこないんだよね。俺自身についていえば、『会社をよくするために自分にできることがあれば協力する』という気持ちは持っていたけど、そのためにどうするのかということはわからなかった。だから気がついたら担がれて、その人たちの神輿に乗っかっちゃっていた感じでね。

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 なぜそうなってしまったかというと、俺ら選手というのは毎日試合があったので、基本的にそれで手一杯なんですよ。あの頃は、いちばん多い時で年間200試合以上あったわけでしょ。シリーズが始まると、長い時には、5、6週間、ほとんど休みなしで毎日試合だから。そこをこなすのが精一杯でね。ただ、毎日地方に出ている時のほうが、気持ち的にはラクというか充実していたんですよ。

 地方から東京に帰ってくると、会社がどうのこうのという話題がどうしても耳に入ってくるから。毎日試合をすることで、シリーズ中はそういうことを忘れさせてもらっていたような感じだったね」