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野沢は子供のときからさまざまな稽古事をしていて、書道の先生からは師範の免許を取らせたいとの申し出を受けた。だが、父は「免状を取ってしまったら、女優の道がダメでも書道が残されていると思ってしまう。それでは女優として成功しません」と断ったという(『週刊現代』2015年4月25日号)。
父はかつて横山大観のグループに誘われたことがあったが、師事した川合玉堂に義理を立てて結局断ったという。一本気で、義理堅い性格は野沢も継いだのだろう。『怪物くん』(テレビ朝日系、1980~82年)の主演に決まったときには、それ以前に同作が他局でアニメ化された際に主役を務めた白石冬美に断りを入れている。
高校時代に知った“出生の秘密”
一方、野沢の母親は、さる旧大名家に生まれながら赤ん坊の頃に火事に巻き込まれ、助けてくれた火消しのまとい持ちの家で育てられたという。まるで時代劇のヒロインのような生い立ちだが、物腰が柔らかく、怒ったことのない、品の良いお嬢様の雰囲気を備えた人だった、と野沢は著書に書いている(『ボクは、声優。』オプトコミュニケーションズ、1995年)。
じつは、母と野沢には血のつながりはなかった。彼女はその事実を、高校時代に戸籍謄本を役所で見て知ってしまう。あまりの衝撃に帰宅しても泣きじゃくる彼女に、父はいい機会だからと事情を語って聞かせたという。
それによれば、母は父とのあいだに子供ができなかったので、このままだと野沢の家が途絶えてしまうからと話し合ったうえ、別の女性に父の子を産んでもらうことにしたのだという。そうして生を受けたのが野沢だった。
