奈良といったら、大仏様なのだ。

 奈良公園の鹿さんや興福寺の五重塔、春日大社に奈良監獄などにスポットがあたることも多い。が、やっぱり奈良を訪れたからには、大仏様に会いに行かねばはじまらない。

 奈良の大仏様とは、東大寺大仏殿に鎮座する高さ14.98mの盧舎那仏。奈良時代、疫病や震災、飢饉に戦と社会不安が広がっていた折に、聖武天皇の発願で建造された。開眼供養会(つまり完成)は752年のことである。つまり奈良の大仏様は、1300年近くにわたって奈良の町を見守り続けているというわけだ。

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 そんな大仏様に会うには近鉄奈良駅から東に進み、奈良公園を北に抜けるルートが最短だ。JR奈良駅からだと少し遠いから、バスを使うといいだろう。いずれにしても、奈良公園で鹿さんと戯れたのちに大仏様、という流れが一般的である。

たった9年で消えた「大仏駅」とは…?

 ところが、明治時代後期のわずか9年ほど、その名も「大仏駅」という鉄道の駅があった。なんとも身も蓋もないその名前、もちろん当時最も大仏様に近い駅だった。

今回訪れる廃線跡。たった9年で消えた大仏鉄道の廃線を巡る
東大寺の大仏 ©時事通信社

 大仏駅は1898年に関西鉄道の終着駅として開業している。その場所は、現在のJR奈良駅から北に約1km。佐保川という小さな川と一条通りに挟まれた一角だ。周囲よりも少し高い盛土の上のホームで、東側には駅舎と職員の社宅もあったとか。

 駅前には人力車が列を成して客待ちをして、降り立ったお客を乗せて一条通りを東へ一路。すると東大寺の転害門の前に着く。あとはもう、大仏様に詣でるだけだ。そんなわけで、まさに大仏様に会うための駅。それが大仏駅だった。

赤線が“消えた”大仏鉄道。大仏駅もたった9年でなくなった。今回はこの加茂駅から奈良駅までをたどる

120年前に消えた大仏鉄道…廃線跡には何がある?

 大仏駅を建設した関西鉄道は、現在のJR関西本線や草津線を開業させた明治期の私設鉄道だ。