身体障害、依存症、統合失調症や発達障害などで「困っている」当事者たちが生きづらい原因は、彼らの身体や心にあるのか、あるいは周囲の環境や社会の側にあるのか。その原因の所在を似た困難を抱える仲間と共に考え探っていく活動を「当事者研究」と呼ぶ。
自身も脳性まひで車椅子生活を送る熊谷晋一郎さんが責任編集を務めた本書には、1980年代以降、全国で展開されてきた当事者たちによる生きる権利と幸福追求の試みの成果と、現在の課題が詰まっている。
「大学などで蓄積されてきた専門知はいわば“舗装道路”です。大事だけれども、私たちのような人々が生き延びていく上でより重要な指針になるのは、無名の先人の足跡のような“けもの道”なんです」
“けもの道”とは何か。それは医者などの専門家が善意からほどこそうとする“治療”や“支援”が当事者の幸福に寄与していないことが明らかになった時に見えてくる、同じ苦しみを抱えてきた仲間たちの生きる知恵、技の集積のことだ。論文になったり体系化はされていないから、耳学問などで“なんとなく”学びとっていくしかない。その「継承」は本書のテーマの一つで、障害者運動の闘士と熊谷さんの対談などで繰り返し取り上げられている。熊谷さんが自身の“けもの道”を見つけたのは中学生の時だ。
「1歳の頃からリハビリに励んでいたのに、リハビリで脳性まひは治りません、と80年代に医学から匙を投げられました。そんな私を父親が、地元の障害者運動の活動家の集まりに連れて行ったんです。私よりも症状の重そうな先輩たちが、1人暮らしをして、結婚もして、夜な夜な飲み歩いている。自分だって、治らなくても生きていける――あの時、目にした楽しげな先輩たちの姿が私の“けもの道”です。18歳で上京し1人暮らしを始め今に至るまで、私を励まし続けてくれているんです」
うつ病患者などの社会復帰を阻む「スティグマ(レッテル貼り)」、ピアワーカー(自ら障害や病気を持ち、その経験をもとに、同じ障害や病気を抱える人々の支援をする立場の人)がマジョリティの常識に呑み込まれてしまう現象など、「当事者」の悩みは尽きない。
「でも、問題の“解決”を求めず、問題は何かを仲間と探る“研究”は、楽しいんですよ。研究のプロセスを面白がっているうちに“困った感”が消えてしまっていることも多いんです」
『当事者研究と専門知 生き延びるための知の再配置』
昨年夏刊行『みんなの当事者研究』に続く、シリーズ第2弾。当事者活動の「遺産継承」の現状について、「よき薬物使用者」と「どうしようもない薬物使用者」を分断しかねない政策「ハームリダクション」の功罪、「回復」とは何かなど、多岐にわたる問題提起がなされる。精神科医、法学者、社会学者など寄稿者も多彩だ。