「もともと私は歴史が大好きな子どもでしたが、小学校時代に『インカ帝国』(泉靖一著、岩波新書)を読んで、広大なインカ帝国が少数のスペイン人にあっけなく滅ぼされてしまったことに衝撃を受けたんです。そこでインカは南米ですけれど、ヨーロッパとアジアの力関係がどう変わっていったのかに関心を持ったのですね。西洋の衝撃を直接に受けてきたのがオスマン帝国でしたから、まずはそこから研究しようと」
1922年に滅ぶまで700年近く続き、最盛期にはトルコから北部アフリカまで支配したオスマン帝国。その研究の第一人者として知られる鈴木董さんが、『文字と組織の世界史』を上梓した。
中国の漢字、西欧のラテン文字(ローマ字)、ギリシアからロシアにかけてのギリシア・キリル文字、中東中心のアラビア文字、そしてインド・東南アジアのブラフミー文字(梵字)という、五大文字世界の発展を軸に全世界史を鈴木さんは鮮やかに描き出した。
「私の本職は実証的な研究にあります。オスマン帝国だけでなく、日本や中国といった非西洋圏のエリート層がどのように西洋の衝撃を受け止めていったのかを実証的、体系的に調べていきたいと思っているのですが、まずその前提として私がどのように歴史を捉えているのか、自分自身確認するためにも、大きい見取り図を提示してみたかったのです。そのために、“文字”の広がりに着目しました。というのも、文字というのはイノベーションの中心であり、異なる言語を持つ周辺地域にも受け入れられて広がっていきます。たとえば漢字は中国だけでなく、言語の違う日本や韓国、ベトナムでも使われました。共通の文字を使うということは、語彙や考え方を共有することにつながります。EUは、よく見ればそのスタートはフランスやドイツといったラテン文字を使う国々の統合でした。また“IS(イスラム国)”はアラビア文字の世界を中心に大きな影響を及ぼしました。一方で、いまカタカナ語がビジネスやIT産業の世界で溢れていますが、それらのイノベーションの中心地がアメリカだからですよね。文字を見れば、世界史におけるコミュニケーションのヘゲモニーの変遷が見えてくるのです。ビジネスマンの方には、訪れた海外の空港のトイレの表記が、どの文字で書かれているかを確認して、本書で描いた歴史に思いを馳せて頂きたいですね」
『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』
1950~60年代、キリル文字国ソ連の支配に抗議の声を上げたハンガリー、ポーランド、チェコスロバキア。その国々の共通項は、いずれもラテン文字を使う国。――世界の動きの背景には、使用文字があるとして、壮大なスケールで描ききった全世界史。大手町などビジネス街の書店でもよく売れているとのこと。