書店内書店、産地直送型の本の売り場
絲山房は、フリッツ・アートセンターの中に学習机を囲んだ本棚でできた、小さなスペースだ。絲山さんの著書や絲山さんの選書、「絲山房」オリジナルグッズももちろん買うこともできる(絲山房の棚の内側の本は、執筆資料用、絲山さん不在の際には房内で読める)。
絲山さんが在席しているときは、本棚越しに読者と交流することもできるし、不在のときはノートにメッセージを残すこともできる。ツイッターを通して知った絲山さんの作品のファンが全国から訪ねてくることもあるし、地元ではラジオ・パーソナリティとして知られる絲山さんをリスナーが訪ねてくることもあるという。
出身は東京だがメーカーの営業マン時代に各地を転々とし、中でも気に入った群馬に居を定めて10年という絲山さんは、地元の新聞や自治体の仕事、高崎経済大学での講師など、地域に根ざした仕事も多い。絲山さんがパーソナリティをつとめるラジオ高崎は、コミュニティFMで、本来の視聴エリアは高崎市周辺に限られるが、スマートフォンやネットで聴くこともできるため、群馬県内を中心にファンが多い。ラジオで本を紹介すると、番組宛のメールやツイッターで「絲山さんが勧めてくれたから読んだよ」とか「今、2冊目を読んでます」とか、ダイレクトな反応が返ってくる。サイン会などのイベントでは、いつも番組宛にメールをくれる人が「ラジオネーム○○です」とか「今日は高校生の息子を連れてきたよ」のような交流がある。
絲山房は、ガラス張りのブースでやっているラジオの公開生放送みたいな場なのではないだろうか。元々喫茶店などで執筆することも多かったという絲山さんは、適度なざわつきのある方が集中できると、絲山房内で執筆も校正刷りのチェックもおこなう。作品の核となる文章が絲山房の机に広げたノートの降りてくることもある。読者が訪ねて来て、絲山さんの本を手に取れば、ダイレクトに反応を聞くことができる。
店内のイベントスペースでも積極的に読書会やトークショウを企画している。取材やイベントなどで訪問して縁のできた土地では、出張絲山房もやってみたいという。イベントや絲山房で絲山さんと言葉を交わして買った本やグッズは、読者にとって特別なものになる。そんな作家と読者の新しい関係が生まれる場になっているのではないか。自分自身に寄せて考えてみよう。この取材の直後、文禄堂高円寺店でのイベントで購入した『逃亡くそたわけ』にサインをいただいた。きっとこの先、この本を何度も読み直すたびに、この一連の取材で絲山さんと交わした言葉を思い出すだろう。