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スマホも携帯もない世界「防衛大学校」はネタの宝庫だった

報道カメラマン・宮嶋茂樹が見た「防衛大学校」の青春

早朝、夜半、ひたすら通った1年間

――撮影にはどのくらいかけたんですか?

宮嶋 だいたい1年かな。交渉も入れたら1年半くらい。朝早かったり、夜遅かったりしたときは観音崎京急ホテルっていう近くに1軒だけあるホテルに泊まったけど、まあ、ひたすら通いました。

――何日か続けて行ったり?

宮嶋 学校もこういう密着取材の撮影に慣れてないから、夜景の校舎を撮影するだけで3日もかかったり。道路の両側にばーっとライトがついてきれいなんですよ。それを撮ろうとわざわざ行っても1日目は「今日はつかない」と言われて、次の日行ったらまたつかない。広報が「あれ、なんでつかないんでしょう?」なんて言って調べたら「壊れてます。明日は大丈夫かも」。しゃあないから帰ったんですが、そしたら次の日の夕方電話かかってきて、「ライトつきます」。「え? 今から?」ですよ……行きましたけど。

3日かけて撮影 ©宮嶋茂樹

――いつもの週刊誌の撮影とはまた違った苦労がありそうですね。

宮嶋 写真集と週刊誌の写真はまったく違う。1番顕著なのは卒業式や。日本の首相が出席しているのに、そこにピント合わせないで無名の卒業生にピント合わせるんやから。週刊誌やったら、おまえ何しとんねん、首相撮らんでどないする、という話ですから。

悪天候の海での遠泳、実弾射撃の撮影

――1番、苦労した写真はどれですか?

宮嶋 遠泳の撮影はきつかった。自分は船の上から撮っていたんですけど、天気が悪くて海が荒れまくってたんですよ。大丈夫かなとホンマに心配してたら「転覆します!」と言われて、「えー!」って。ほんと船のヘリにつかまって祈ってました。さすがに途中で中止になりました。

©宮嶋茂樹

――あやうく水中撮影(笑)。

宮嶋 実弾射撃を撮ったときも面倒でした。実弾射撃は安全上の理由で銃口より前に立てないんですよ。だからリモコンで撮影したんやけど、ハイテクに不慣れだったんでこれが難しうて。1万カットくらい撮りましたね。で、使えそうなのが2カットだけ。その2枚とも学生が目つぶってた(笑)。まあ仕方ないけどまた1万カット撮るわけにもいかんし。

©宮嶋茂樹