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オリックスファンの1年は子育てに似ている。勝手に夢を抱き、勝手に裏切られる日々

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/09/18
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 秋である。あんなに暑い日が毎日続き、このままずっと涼しくならないんじゃないか、と思っていたのに秋である。この時期になると毎年思う。地球ちゃんと公転してたんやな。偉いぞ、地球。惰性、いや慣性の法則で回ってるだけとは思えんくらいの仕事ぶりや。

 さて、涼しくなったので、閉め切っていた窓を開け、外の空気をいれる。入ってくる冷気が心地よい。静かだ、夏の間あれほど五月蠅く鳴いていたセミはどこかに行ってしまっている。

 そうして窓を開けた部屋で、家族が集まって夕食を食べる。夏の間は食事の間に必ず夕方になるとスイッチが入っていたテレビは、もうついていない。静かだ。どこの家庭にでもある当たり前だが、幸せな風景だ。家族がいて本当に良かったな。

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 娘たちもすっかり大きくなったので、昔のように食事中にみんなでにぎやかに会話を交わすことはない。とはいえ、父親として家族の間に全く会話がないのも良くないだろうと思って、口を開いてみる。「大坂なおみ勝ったな」「うん」。答えは短いが、父と娘の会話なんてそんなものだ。

 それだけではちょっと寂しいので、もう少し会話を試みる。「優勝するだけじゃなくて、政治的メッセージまでしっかり伝えるとか凄いな。BLTやったかな」「お父さん、それはベーコン・レタス・トマトや」。本当に大きくなった、どんなに下らないオヤジギャグに対しても、きちんと突っ込んでくれる優しい子だ。もう関西のどこの会社に出しても大丈夫だと思う。調子に乗って「えっ、BMIやったっけ」と付け加えると、妻に「それくらいにしとき」と怒られる。やはりBしか一致していなかったのが悪かったのか。

 そうして食卓は再び沈黙へと移る。静かだ。窓の外からは秋の虫の声がかすかに聞こえてくる。涼しい。ふと見ると、家族の各々の席の前には、携帯電話が一つずつ置かれている。あれほど食事中には携帯電話を見るな、と言っているのに、困った連中だ。そうしている間に、時間はもうすぐ午後9時に。「ぴろ~ん」。突然、机に置かれた各々の携帯電話が一斉に鳴り、食事をする手が止まる。説明するまでもないだろうが、スポナビの通知である。時間にして僅か1.5秒くらいだろうか。そして彼らは何もなかったかのように食事をまた開始する。耐えきれなくなったのか、妻が口を開く。「今日は安達打ったかな」。おう打ったぞ、もっとも打ったのは安達だけやけどな。「ごちそうさま」。こうして貴重な家族のだんらんの時間が終了する。

大きくなれば皆、石原さとみになると思っていた

 そして思う。オリックスファンの1年は子育てに似ている。生まれたばかりの子供は皆、「無限の可能性」に溢れている。成長も早くすくすく育つ。歩き出し、砂に水がしみこむように、新たな知識を次々と吸収し、瞬く間に言葉を話すようになり、いろんなことができるようになる。「ひょっとするとうちの子は天才なのかもしれない」。多くの親は自分の子供に対して時にそんな思いを持つことになる。小さい子供たちは本当に可愛いし、愛嬌にも溢れている。だからこそ、子育てがどんなに大変でも、我々は彼らの無邪気な姿に癒される事になる。勿論、それはうちの娘たちだってそうだった。当時の自分は芦田愛菜よりうちの子供たちの方が遥かに可愛いから、子役に応募すればどこでも通るに違いない、と思っていたし、大きくなれば皆、石原さとみになると思っていた。

 だから、親たちは頑張って子育てをし、彼らを一生懸命応援する。運動会では皆、自分の子供が一番になると、と信じているし、その姿をとらえようと巨大な望遠レンズをつけたカメラをもって駆けつける。

 しかし、しばらくすると親たちは厳しい現実に直面する。自分の子供である以上、子供たちは芦田愛菜にも石原さとみにもならないし、藤井聡太にも育たない。だから時に、親は自分が勝手に持っていた幻想が裏切られた事にいら立ち、「子育てが上手くいかない」という愚痴を、自分自身の人生の体たらくを京セラドームの天井にぶつける勢いでこぼすことになる。そして時にはそのストレスを、子供ら自身にぶつけ、彼らを大きく傷つける。しかし、言うまでもなく、それは子供たちが悪いのではない。勝手な幻想を抱き、自らの夢を子供たちの人生の上に見ようとした、親の側の責任なのだ。

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