「本当は僕だって横投げにはしたくない」
当時の楽天のスカウト、社会人の同僚3名の周辺取材を経て、高梨本人に取材を申し込んだ。こちらの熱量を感じ取ってもらえたのか、高梨は当初の取材終了時間になっても「もっといいですよ」と自ら切り出し、そのまま語り続けてくれた。
本人の証言のなかでもっとも驚いたのは、「社会人時代はどうやってもスライダーが曲がらなかった」という左のサイドハンドとしては致命的な弱点があったことだ。当時の同僚であり師匠でもあった鈴木健矢(現日本ハム)からスライダーの握りや感覚を教わったものの、一向に曲がらなかったという。
そんな高梨がこだわったのは、左打者のインコースを執拗に突くことだった。左の強打者になればなるほど、ストレートとシュートでインコースをえぐる。高梨のドラフト指名を後押しした楽天の後関昌彦スカウトは、こう証言していた。
「左バッターのインコースにガンガン攻められて、デッドボールになっても次のバッターにすぐインコースを投げていたんです」
その点を高梨本人にぶつけると、「スライダーを投げると曲がらないってネタバレするじゃないですか」と笑った。幸運にもプロ1年目の春季キャンプでのキャッチボール中に、突如スライダーの感覚をつかんだ高梨はサクセスロードを突き進むことになる。
綱渡りのような自身の野球人生を振り返って、高梨はこう語っていた。
「本当は僕だって、横投げにはしたくないですよ。上から投げて、今永(昇太/DeNA)みたいなボールを投げたい。左ピッチャーなら誰しも思いますよね。でも、僕はなんとか自分自身をこねくり回して、メシを食うしかないんです」
不幸にも近本を負傷させる結果になってしまったが、高梨にとって左打者のインコースを突くことは自らの運命を切り拓くための唯一の手段だったのだ。
なぜ高梨はSNSで発信するのか?
どう考えても、プロ野球選手がSNSをやるメリットよりも、デメリットのほうが大きいはずだ。とくに巨人や阪神のように注目度が高く、アンチが多いチームの選手にとっては、膨大な量の悪意をぶつけられるリスクと隣り合わせになる。
ファンに向けた発信は、広報部を通してメディアからのインタビューを応じればいい。そんな考え方もあるだろう。実際に巨人の中心選手でTwitterアカウントを持っており、過去1年以内の稼働が認められるのは高梨と菅野智之くらいだ。
それでも、高梨がTwitterアカウントから発信する意味を考えてみたい。愛猫との触れ合いや、得意の料理紹介、故郷・川越のPR、「 #大勢はガチ 」に代表されるように、並外れた観察眼から発せられるチームメート紹介……。
一見すると脱力系の投稿に感じられるが、「自分自身をこねくり回して」たどり着いた地平を野球ファンと共有したい。そんな思いもあるのではないだろうか。
かの三冠王・落合博満は野球について、「しょせん遊びだよ、ボール遊び」と語った。野球について追求し尽くした名打者だから言える至言だろう。世界には戦争や貧困に苦しむ人々が大勢いるなか、「ボール遊び」を巡る発言で論争が起きること自体、日本の平和を象徴していると言えるのかもしれない。
前述の通り「不幸なタイミング」で炎上は起きてしまった。高梨のツイートに「無神経だ」と憤ったファンが一定数いるのも、もちろん理解している。それでも、高梨の言葉を待っているファンはたくさんいる。
時に大胆に、時にしなやかに。シュートとスライダーを駆使してホームベースをワイドに使う投球術同様に、これからも高梨雄平の発信を楽しみに待ちたい。
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