『脳科学者の母が、認知症になる 記憶を失うと、その人は“その人"でなくなるのか? 』(恩蔵絢子 著)

 なるほど。同居している母親がアルツハイマー病になったとき、脳科学者である著者はどれだけ事態を冷静に把握し、どれだけ適切な対応法を試みていったのか――そんな内容が述べられた本は初めてだ。少なくとも医者とは違った発想が出てくるだろう。そこが興味をそそる。

 本書には二本の柱がある。ひとつは、実際に認知症の母と向き合うそのドキュメンタリーおよび脳科学的文脈の「工夫と考察」だ。

 もうひとつは、記憶を失っていく人間のありようそのものに関するテーマである。人の身体は七年で細胞が入れ替わるという都市伝説があるが(それが間違った俗説である理由のひとつは、脳神経細胞は死んだら再生しないことだ)、そこに加えて過去の記憶がなくなってしまったら、もはや「かつての母」と「今の母」とのあいだに連続性は途絶えてしまっていないか。似て非なる別人に変貌してしまったと考えられないか。あまりにも悲しい疑問だけれど、その当否が語られる。

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 まず前者については、結論は精神科医と似たところに着地する。ただし割り切り方においてはいくらか分割線が異なるようだ。たぶん精神科領域の人間だったら不安とか困惑といった言葉をもっと多く(あるいは安易に)使ったのではないか、といった具合に。いずれにせよ、新鮮な視点から認知症への向き合い方が論じられて示唆に富む。