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ビジネスは「差異」から生まれる

宮坂 私なりに、ビジネスと「脱システム」というテーマを考えていたんですけど、大学生の時に東大の岩井克人先生の本を読んだことをすごく覚えているんですね。『ヴェニスの商人の資本論』という文庫で出ている本です。利潤、すなわち利益はどこから生まれるのか、というと「差異」から生まれるというんですよ。それで最も根本的な差異は何かと言えば、地理的な差異ですよね。要するにインドからコショウを輸入した場合、遠隔地の価格とヨーロッパの価格の差異によって、危険は伴うけれども成功すれば利潤が生まれる、というように。

 そう考えると、ビジネスは差異から生まれているんですよね。おそらく中世や近代以前までは、マルコ・ポーロのような商人たちが冒険家みたいに旅をしていた。ビジネスって本質的に、同じ空間の中にいると差異がなくなってマンネリ化して、商売にならなくなってくる。そういう時、いかにして外に飛び出るかが肝心だったのではないかと思うんです。

角幡 探検の場合は、空間の差異を肉体によってどんどん埋めていったんですよね。しかし空間は有限なものなので、やはり限界があります。

 

宮坂 ビジネスも同じですよね。地理的な差異は、もう20世紀頃からなくなっていきました。岩井先生は、現代では「技術による差異」が生まれていると指摘しています。イノベーションのことですね。例えば世界中で誰もスマホを持っていない時代にスマホを作ると、スマホを持った人は他の人よりも未来に行けますよね。差異と共に利益が生まれる。そしてスマホがワーッと普及すると、また次の何かを作りに行く。この「差異」の話が、僕には鮮烈に残っているんです。

角幡 なるほど、確かにそう考えると僕がやっていることも同じかもしれない。僕、20代の時にチベットのヤル・ツアンポー峡谷の空白部を単独探検しているんですが、それは地理的な意味での未踏地に行きたいなと思って行きました。今の話だと地理的な差異を埋めるためにやった。でも、それを終えた時に「もう地理的な空白部というのはこれでいいな」と思ったんです。学生時代に探検部に入ってからずっと、地理的な未知を追い求めたいという100年前の探検家と変わらない時代錯誤な行動を模索してきたわけですが、その欲求に一区切りつけることができた。

 それで、次は「極夜」に行きたいと思うようになりました。イノベーションじゃないけれど、差異の着眼点を地理的なものから変えて、ちょっと視点を変えた未知を探検しようと。今更、地理的な空白部を追い求めたところで、地球の空間が有限である以上、それはもう無いわけだし、仮にあったとしても近いうちに無くなる。だったら地理的な観点から解放された新しい未知を提示しないと、未来につながる新しい探検表現にはならないだろうと思いました。

世界最北の村、シオラパルク。「極夜」の旅はここから始まった ©角幡唯介

宮坂 ビジネスも、本質的には今ある世界から、どう一歩抜け出るかという勝負をしていて、数百年前までは地理的に抜け出る戦いをやってきた。今は技術で誰より先に未来へ行くのかという競争をしているわけです。おそらく、そういう意味で、冒険家や探検家の方々というのは、いかに空間的に一歩抜け出るかということをやってきたのだと思いますから、すごく興味があるんです。

昔のエスキモーのように極地を旅したい

角幡 でも、もうなかなか思いつかないんですよ。個人的には、「脱システム」的な冒険を2回やったなと思っているんでます。文字通り、地図の空白部を埋めるものと、極夜というそれとは違う空白部を辿るもの。一生に2回やったら、あとにはもう何も出てこないんじゃないかという気がして。

村を出発してから78日目、ようやく太陽と対面した瞬間 ©角幡唯介

宮坂 アハハ。でも、そういう心境になりますよね。角幡さんのような現代の探検家は昔みたいにシンプルな冒険を行うことが難しくなってくるので、逆にものすごくクリエイティビティが要求されていますよね。まさに『新・冒険論』で書かれていたことですが、冒険そのものをクリエイトするスタイルが必要になってくる。角幡さんは、「芸術点」を競う戦いに挑んでいるのではないかと。

角幡 ずっと「脱システム」を唱え続けてきたんですけど、2回やったということで、急に肩の荷が下りたような感じです。これからは、あんまり冒険や探検という言葉にとらわれず、自分が純粋にやりたいことをやろうかなっていう気になってますね。

 

宮坂 「脱システム」の理念に捉われず、ということですか?

角幡 はい。今やりたいことと言えば、昔のエスキモーみたいに、極地の旅行が上手になりたい、みたいな感じなんですよ。『極夜行』の舞台になった地域であるグリーンランドの北部から、できればカナダの方まで行きたいんです。そこはもう、地理的な空白部では全然ないんですね。かつては誰でも通っていたような場所です。今じゃあえて行く人もいませんが。そのエリアに、とにかくめちゃくちゃ詳しくなりたい。

©角幡唯介

宮坂 角幡さんには、何か意味があるんですね。

角幡 超詳しくなって、もうすごく詳細な地図を書きたいですね。僕にしか意味のない地図を(笑)。これは極私的な行動ですが、僕は極私的な行為を突きつめた先に普遍性があると思ってます。その普遍的なものというのは、たぶん人間が生きることに関する何かでしょうね。エスキモーの旅というのは時間の流れ方が現代人とは違うんです。現代人の冒険は目標地点を決めて、そこに到達するための食料を事前にすべて持ち運ぶことで成立します。つまり未来はあらかじめ決まっていて、現在はその未来のためにある。

 でもエスキモーは狩りをして食料を現地調達しますから、その結果によって未来の行く末が変わっていく。現代人のように未来は現在にしたがっておらず、未来が現在にしたがっている。エスキモーみたいな旅をするというのは、要するに時間の流れを逆転させた旅をするということで、そういう意味では「脱システム」ということになるのかもしれません。

写真=榎本麻美/文藝春秋

極夜行

角幡 唯介

文藝春秋

2018年2月9日 発売

みやさか・まなぶ 1967年生まれ、山口県出身。同志社大学経済学部卒。ベンチャー企業を経て1997年に設立2年目のヤフー株式会社に転職。2012年6月より同社社長に就任し、PCへの依存が大きかった事業のスマホシフトを実現させた。2018年6月、ヤフー新執行体制移行のため代表権のない会長に退き、現在はヤフーの100%子会社であるZコーポレーションの代表取締役社長を担う。

 

かくはた・ゆうすけ 1976(昭和51)年生まれ、北海道芦別市出身。早稲田大学政治経済学部卒。同大学探検部OB。03年に朝日新聞社に入社。08年に退社後、ネパール雪男探検隊に参加する。『空白の五マイル』『雪男は向こうからやって来た』『アグルーカの行方』『極夜行』等著書多数。

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