どのジャンルにも、確実に客を呼べる「キラーコンテンツ」というものがある。西洋美術でいえば、今ならフェルメールか。日本美術では、圧倒的に伊藤若冲だ。
緻密な描写と奇抜な画想で知られる江戸時代の絵師・若冲は、展覧会に出品されればたちまち行列ができる人気ぶり。ただしそれは2000年代になってからのことだ。戦後しばらくまでは知る人ぞ知る存在だった。
若冲がブレイクする機運をつくったのは、1冊の書物だった。美術史家・辻惟雄(のぶお)さんが1970年に刊行した『奇想の系譜』(2月4日に新版が小学館より刊行される)。
「岩佐又兵衛、狩野山雪、曾我蕭白、歌川国芳、長沢芦雪とともに、伊藤若冲を取り上げました。流派も個性もバラバラな、変わり者の絵描きたちを紹介した本です」
御用絵師集団だった狩野派や日本独自の洗練された意匠を確立した琳派など日本美術の主流を成す美術とは別に、奇天烈ではあれど力強い美術も脈々と受け継がれてきたことをこの本で辻さんは論じた。
「もともとは美術雑誌に寄稿した文章を、まとめて書籍化したのです。『江戸のアヴァンギャルド』というお題をちょうだいして、それに沿って書いたまでで、まさかこれが半世紀も読み継がれることになるとは。なんとも不思議な気分です」
と辻さんが言うように、『奇想の系譜』はジワジワと世評を得て、幅広い層に読まれる1冊となった。美術界への影響も大きく、取り上げた絵師の再評価が進み、若冲のみならず蕭白や国芳らも、すっかり人気画家の仲間入りをした。