『ダンシング・マザー』(内田春菊 著)

 内田春菊さんが育ての父に性的虐待を受け続けた体験を小説にした『ファザーファッカー』は90年代のベストセラーだ。25年後に発表された『ダンシング・マザー』は、男を家につなぎとめるため娘を彼の寝室に差し向けすらした、実母の視点で描かれている。

 16歳で家出をした内田さんは、後に実母と絶縁したことを諸作品で明かしている。今回、実母の立場から、娘が蒙った暴力を語り直したということは、赦せるようになったということなのだろうか。

「第一子を産んだ時も言われました。“子供を持ったということは、お母さんと仲直りしたんですか”。私、母から謝られていないんです。親なのだから謝らなくても許すはず、というのが日本の常識みたいですね」

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 小説内の母親・逸子は戦前に久留米で生まれた。少女の頃に敗戦を迎え、一家で玉音放送を聞くシーンが冒頭近くにある。父親は早逝し、兄らはヒロポンを打って元気に一日中働く。逸子は中学を出て洋裁学校に入ると忽ち縫製技術をものにするが、外に働きに出られず、家の事ばかりやらされて腐る。ダンスをやればすぐに講師資格を取り、中年になり簿記の勉強を始めれば簡単に1級を取る。器用で有能な女性に見える。本人の思うような職業人生を歩めていれば、違う人生が開けていたかもしれない。

「そうならなかったのは、男から離れられないからですよ。私が3度も離婚したのは、男が嫉妬して仕事の邪魔をするからです。当時でも、手に職を持ち、母子家庭でなんとか子供を育てているお母さんたちはいたと思います。だけど母はそうはしなかった」