麻薬、殺人、売春が横行。郊外では山賊が跋扈し、都市部の公共交通機関内ですら追い剥ぎが出る。人々は犬・猫・猿・蛇・亀はおろかハクビシンやセンザンコウまであらゆる生物をむさぼり食い、犯罪者の市中引き回しや公開銃殺刑の執行も日常茶飯事……と聞けば、どこの暗黒国家の話かといぶかる人も多いだろう。だが、実はこれは1990年代〜ゼロ年代前半にかけての中国広東省の話である。
広東省といえば、深圳市を中心としためざましい経済発展とイノベーションの進展によって、特に昨今の日本ではキラキラしたイメージが持たれることも多い。新たな可能性を求める若者や、テック系の情報感度の高い人からは羨望のまなざしが注がれる地域である。だが、つい十数年前までは常識はずれのアナーキー地帯として、他の地域の中国人からすら恐れられていた。
2019年1月24日、私は広東省で印刷会社を経営する日本人、佐近宏樹さん(46)を取材する機会があった。佐近さんは香港生まれの香港育ち(正確には生後3ヶ月だけ日本)で広東語ネイティヴ、現在も生活と仕事の基盤を完全に香港と広東省に置いている。
彼の国籍や血縁上のルーツは日本だが、事実上は日系移民の1.5世だ。彼は中国人向けのビジネスでは中国名を名乗っており「仕事で半年間付き合った相手が自分を日本人だと気付かなかった」ほど現地に溶け込んでいる。
別の取材テーマで会った佐近さんと私が、予想外に盛り上がったのは、かつての広東省で見聞した凄まじい暗黒エピソードだった。私自身、2001年に広東省の深圳大学に留学しており、その後もいろんな事情があってこの地域とは縁が深い(自分のなかでは「中国でのホームグランドはここ」という感じである)。
現在はキレイになっている中国最先端地域の、ほんの一昔前のカオスな日常風景。そこから中国の別の姿を感じていただきたい。