笑いを取るのが上手だった、人気者の先生
小学4年生の時の担任の先生は「福士先生」という若い男の先生で、いつもわざとらしくヘラヘラとしていて、よく冗談を言って、みんなの笑いを取るのが上手な先生だった。
母はぼくに「福士先生でよかったね! 福士先生ってお母さんたちの間でも、すごく人気があるみたいだよ」と言った。ぼくも、福士先生で良かったと思っていた。あの日までは……。
ある日、ぼくが1人で廊下を歩いていると、3年生位の、調子のいい年下の男の子がぼくを指差して、叫んだ。
「うわー! 『オカマ』だ! 感染(うつ)るぞ、逃げろー!」
彼は「わー」と叫びながら廊下を走っていった。廊下の先には階段がある。ぼくは「そのまま階段から落ちればいいのに……」と思いながら、彼の後姿をみていたが、この一部始終を、福士先生は見ていたのだ。
「なんで『オカマ』って言われるのか、考えたこと、ある?」
福士先生の視線に気付いたぼくはゾッとした。面倒なことにならないようにと祈る思いだった。
目が合うと、先生は薄気味悪くニコっと笑って、手招きをした。
誰もいない教室だった。座るようにと言われ、適当な席に座ると、先生は、向かい側から、ぼくを見下ろすように、机に腰をかけてこう言った。
「七崎くんはさ、『オカマ』って言われて、悔しくないの?」
ここでぼくが「悔しい」とか、「悲しい」と言うと、さっきの子が叱られちゃうんじゃないかと思った。だからぼくは考えた。あの子を叱ってもらうべきか否か。正直あの子は迷惑だ。叱られるのはかわいそうだけど、ぼくが気にしてやることではない。
「悔しいです……」
これであの子は叱られるはずだ。そしたらいちいち廊下で「オカマ」って叫ばれる事も無くなるだろうと思ったが、福士先生が考えていることは、そうではなさそうだった。
「じゃあ、なんで『オカマ』って言われるのか、自分で考えたこと、ある?」