「七崎くんが、ぶりっ子してるから、じゃないかな?」
話がどこへ向かっているのか、うっすらと先が見えたような気がして、ぼくは恐る恐る答えた。
「……ない……です」
考えたことがないだなんて嘘だけど、そう言うしか無いと思った。怒られるかもしれないと思い、福士先生の顔を見上げると、福士先生はまだニコニコしている。とても不気味に感じた。福士先生はこう続けた。
「七崎くんが、ぶりっ子してるから、じゃないかな?」
ぼくは怖くて下を向いた。言葉を発することもできなかった。
「ぶりっ子してるから、先生からみても、七崎くんは『オカマ』に見えるよ。だから先生も、さっきの子の気持ちがわかるもん。そのまま大人になっちゃったら大変だよ。そのまま大人になっちゃったら、すごく困ると思うよ」
恐怖と苦痛しか感じなかった。ぼくのことを心配してくれているようで、全否定されていることは、小学4年生でも十分理解できた。さっきの子を叱ってもらおうと思っていた、自分がバカだった。ぼくはぶりっ子をしていないし、納得がいかなかったが、この先生に理解してもらうのは難しいことを悟った。
「簡単なことなんだよ? ぶりっ子しなきゃいいだけなんだからね」
ぼくは頷いた。早くここから出たい。
「最初は大変かもしれないけど、少しずつ、ぶりっ子しないように頑張ろうよ!」
ぼくはさっきよりも大きく頷いた。福士先生と同じ空間にいることが、これ以上耐えられそうになかった。
相談できる大人は誰もいない
相談できる大人は誰もいない。きっと、この先生のように「ぶりっ子をやめろ」と言われておしまいなのだ。誰もわかってくれないし、もう誰も信じられないと思った。
福士先生とのこの出来事は、誰にも言わなかった。母は福士先生を良い先生だと信じて喜んでいたし、クラスのみんなも福士先生の冗談をよく笑っていたから、それで良かった。でもぼくは、この出来事から一切、教室では笑わなかったし、福士先生と目も合わさなかった。福士先生を軽蔑することで、心の中の悲しみを、せき止めようとしていた。
(#4「『七崎くんは女になりたいの?』が不思議と苦痛じゃなかった理由」を読む)
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写真=平松市聖/文藝春秋