前回に引き続き、丹波哲郎を「名優」として再評価する。
丹波の名演技といえば、捜査を通して知った父子の哀しい宿命を報告した『砂の器』の会議シーン、沈みゆく日本列島から一人でも多くの国民が脱出できるよう世界中に訴えかけた『日本沈没』での国会演説といった、「たぎってくる感情を必死に抑えながら語りかける」芝居が印象的だ。
一方で、その感情が抑えきれず爆発してしまう芝居もたまにあり、これがまたいい。一向に戦果が上がらず戦死者ばかりが増える状況に業を煮やして、自ら前線に乗り込んで将校たちを怒鳴りつけた、『二百三高地』での児玉源太郎役などはその最たるところ。
そして今回取り上げる『不毛地帯』では、「抑える丹波」と「爆発する丹波」双方の芝居を味わうことができる。
主人公の壱岐(仲代達矢)は、戦時中に満州に駐屯していたことからソ連に捕まる。十一年のシベリア抑留を経て帰国すると、商事会社に嘱託として招かれ商社マンとして活躍、やがて、防衛庁が購入するアメリカ戦闘機の売り込み競争に巻き込まれていく。
丹波が演じるのは、壱岐の戦友で今は防衛庁の幹部である川又。ライバル社が政府与党に多額の賄賂をつぎ込んで競争に勝とうとしていることを知った壱岐は、川又の協力で難局を乗り越える。
だが、ライバル社の肩を持つ貝塚官房長(小沢栄太郎)の策略により川又は陥れられてしまう。この終盤になってからの丹波が素晴らしい。
官房長室に呼び出された川又は左遷を命じられる。「腐敗しきった今日の防衛庁の元凶はあんただ!」そう迫る川又に対して、貝塚はニタリと笑うのみ。小沢のヌメり気ある厭味な表情が、丹波の芝居の「豪」ぶりを引き立てていた。
そして、ついに「爆発」の場面を迎える。機密漏洩の嫌疑をかけられた川又は貝塚に掴みかかり、押し倒す。「あんたのような人間が官房長のポストにいること自体、自衛隊の悲劇だ!」強い語気でそう叫ぶ鬼気迫る表情は圧巻だ。
次の場面、川又は何事もなかったかのように壱岐の家を訪れる。ここでは一転して、茫然と抜けきった様子である。
そして、その帰り道。川又を見送る壱岐。電車の窓から壱岐に敬礼をする川又。この時の丹波の静謐な表情とたたずまい、柔和な笑顔。素敵だ。そこには、全ての感情を抑え込み、何か重大な決意を固めた男の、確たる凜とした姿が映し出されていたのだ。この「動」から「静」への見事なまでの芝居の緩急により、直後に訪れる川又の最期がより悲劇的に浮き彫りになった。
丹波の「役者」としての技量の高さが伝わる作品だ。