2年で8158回。毎日16.5回。ドナルド・トランプ米大統領はそんな猛ペースで事実にそぐわない発言をしている。つまり、常習的な大ウソつきなのだ。もちろん、大統領側はそんなことを認めたりしない。ウソではなく、Alternative facts「もう一つの事実」を述べているだけだ。大統領顧問は以前そう弁解した。
この話自体がウソっぽいけど、本当のことだ。さらに、大統領の弁護士が言った通り、Truth isn't truth「真実は真実ではない」。つまり、ウソも妄想も現実と同等に扱われている。専門家の見解と違っても、歴史的な事実と異なっても、物理的な証拠に反しても、個人個人が「自分だけの真実」を持ち続けるようになっている。
こんな奇妙な病にアメリカがかかっているのだ。しかも、最近感染したものではなく、慢性的な、先天的な病気だ。トランプは病原ではなく症状なだけ。
17世紀にアメリカ大陸に移り住んだヨーロッパ人は宗教に熱狂していて、信仰の自由を求めてきたのだ。そして新しい「聖地」で、指導者や聖典を通さずに、人と神様が「気持ち」で直接つながる、新型の宗教が生まれ、個人主義、経験主義の信仰が主流となった。挙句(あげく)のはて、論理も理論も、権威も根拠も関係なく「強く感じるものが真実」という認識が宗教の領域を超え社会中に普及した。
「予言者」に大勢の信者がついて今のユタ州に引っ越し、特別な下着を穿き始めた。効能がなくてもペテンの「奇跡の新薬」は売れた。UFOや超能力も「あり」だとされ、陰謀説も広まった。「地球が6000年前にでき、恐竜と人間が仲良く暮らしていた」と主張する博物館が建った。こんな不思議な出来事が我が国に続発している。
アメリカという、信じたいものを信じる「空想大国」の起原を、本書は丁寧に描写している。メイフラワー号の到来からトランプの誕生まで網羅するアメリカの「病歴」を読むと、正直、徐々に怖くなってくる。そこで救いとなるのは、著者の書き方。ドライなユーモアで、バカバカしい過去と恐ろしい現状を面白おかしく描いてくれる。泣きたくなりながら笑ってしまう。そんな絶妙な文章だ。
この一冊でアメリカ人の心境とアメリカ政治のからくりがよくわかる。「税率を下げれば税収は上がる!」、「富裕層にお金を与えると貧困層が儲かる!」、「銃の数を増やせば銃乱射を防げる!」などなどの政策は、冷静に考えればナンセンスだし、繰り返し試されてきたが成功した例はない。なのに、それらを未だに推す政党もあれば、それを信じて投票する有権者もいる。「国家の緊急事態だ」と宣言した直後にゴルフ休暇をとる大統領もいる。なんでアメリカ人はそんなことを許すのか? 心の中の方程式が「信じる>真実」だからだ。
Kurt Andersen/ジャーナリスト、小説家。ハーバード大学(ハーバードカレッジ)卒。主な著書にベストセラー小説『Heyday(絶頂期)』『世紀の終わり――ニューヨーク狂想曲』などがある。
Patrick Harlan/1970年生まれ。タレント、「パックンマックン」のパックン。ハーバード大卒。著書に『大統領の演説』など。