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被害者バッシングの標的にも……セウォル号事故で生存した元高校生のいま

進路の希望を聞くと「消防、警察、看護」と答える子も

2019/04/19

「うちの娘も飛び込む一歩手前まで来たそうですが、飛び込む勇気がなかったのか引き返してしまったと生き残った生徒のひとりから聞きました。小さい頃から怖がりでしたから……」

 事故後、檀園高校のスクールドクターを2年務めた後、檀園高校のある安山市内で、「心を包む 精神の健康医学科医院」を開いたキム・ウンジ医院長に話を訊いた。

「4月に入ると病院を訪ねてくる人が増えるんです。事故が起きた時と同じような天気や気温、空気など感じるとその時の感覚に戻ってしまう。セウォル号の生存者や遺族の中には、桜を見ただけでも思い出したり、3月になって窓を開けるとふと暖かい風が入ってくることがあるじゃないですか、そんな風に当たっても思い出してしまったりするのです。

光化門に作られた高校生追悼館の様子(筆者提供)

 ただ、時間が経てば人は忘れようとしますから、少しずつその感度は鈍ってはいくのですが、セウォル号惨事の場合は、被害者が傷ついたほとんどの原因が外にありました。ですから、社会の雰囲気やマスコミなどが被害者に及ぼす影響はとても大きくて、被害者の心の解決を遅らせてしまうことが頻繁に起きてしまう。

 セウォル号惨事の場合は、事故の特殊性もあって最初は心配する声も多く、被害者支援もありました。しかし、政治に振り回されて、共感されたと思ったら批判の対象になったりと、葛藤が繰り返されました。その過程で被害者への誤解が生じて中傷されたりして人を信じることができなくなってしまった子もいました」

「そろそろ市民の気持ちも考えてほしい」と地元民

 安山市では、犠牲になった高校生を追悼する追慕館を建築する案がようやくまとまったが、建設予定地となった場所を巡ってはまだ反対の声が上がっている。

 建設予定地は安山市民の憩いの場として知られた場所で、安山市内でたまたま乗ったタクシー運転手は、「予定地は他にもいくつかあったんですよ。それを遺族の後ろにいる市民団体がどうしてもあの場所にしたいと言い張って聞かない。こちらは建設するなと言っているのではなく場所を考えてくれと言っているだけです。命を落とした高校生はかわいそうだと思うけれど、何もわざわざ市民の憩いの場所に立てる必要性はない。もうそろそろ市民の気持ちも考えてほしい」と話していた。