約1カ月に渡り続いてきたフジテレビチーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏のロングインタビュー。『めちゃ×2イケてるッ!』が終了してちょうど1年、『めちゃイケ』のことはもちろん、若きテレビマン時代の『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』、ウッチャンナンチャンやSMAPとの出会いなど、人気のテレビっ子ライター・てれびのスキマさんがあらゆることを聞いてきました。最終回はズバリ、片岡氏が考える「テレビの明日とは?」(全11回の11回目/#1#2#3#4#5#6#7#8#9#10公開中)。

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『めちゃイケ』後半10年は“自己模倣”との戦いだった

<1996年10月にスタートした『めちゃイケ』は22年間も続いた。オリジナルメンバーが基本的に抜けることがなく、これだけ長い間続いたバラエティ番組はテレビ史において稀有な存在だ。総監督だった片岡飛鳥にとって「血の味がする」(→#1#4#7#8)という番組。長く続けてきた中で一番の苦しみは何だったのだろうか。>

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 この間、NHKの『プロフェッショナル』に、脚本家の坂元裕二さん(※1)が出ていて、すごく心を打たれたのは、「この歳になると、あらゆるパターンの脚本を書いてきたから、ついつい『汲んだ水』で仕事をするみたいなことをやってしまう」とおっしゃったんですよ。つまり自分の中に既にある引き出しを開けて、過去の経験を使ってしまうってことですよね。

フジテレビ・チーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏

 これを22年間の『めちゃイケ』で言うと、理想では毎週違う企画をやりたいけど、どうしても引き出しを開けて、言わばちょっと楽をして番組を作ることもあった。最後まで根強い人気のあった「抜き打ちテスト」(→#10)なんかがいい例で「タレントの登校→趣旨説明→自習→テスト→答え合わせ→順位発表」と明確なフォーマットがあるから、回を重ねるほどに同じことの繰り返し感が強くなる。少なくとも自分にとってはそれほど新鮮なことは起きないし、それほど刺激も感じなくなっていく。じゃあお前は一切引き出しを開けないでやれんのかと……。『めちゃイケ』の後半10年はもう、その苦しみったらなかったです。

2000年7月に初回が放送された「抜き打ちテスト」。最初はメンバー8名だけの受験だったが、すぐに番組の名物企画に。その後2017年12月の「シュウ活テスト(FINAL)」まで、合計18回も放送された ©フジテレビ

 引き出しを開ける作業というのは本来はルーティンのイメージ。たとえば腕時計の職人さんならば、今日も明日も一定の品質の腕時計を作るために狭い工房に入って、たくさん引き出しがある中で、こっちの引き出しにはドライバー、こっちの引き出しにはピンセット、みたいにすべて手が届く範囲で効率的に同じ腕時計を作り続ける。

 でも、僕らは違う。生きている人が素材になっているから、本当は毎日違うものを作らなきゃいけないし、どんどん進化もさせないといけないはずなのに、「いや、長く続けていくためには……」って、いつの間にか『過去に成功した自分』をなぞっちゃうっていう弱さがある。

 坂元さんは「未知なる泉が枯れちゃうと『汲んだ水』を使ってしまう」と。泉っていうのはたぶん自分の『湧き水』で、それで書かないと脚本が澱んでいく、みたいなことでしょう。引き出しの中にある道具では自分が作ったことのある番組しかできない。要は“自己模倣”が一番の敵なんですよね。「ヤバい! これ、引き出しに入ってないぞ」と言って、席を立って何かを探しに行かなきゃいけないときにようやく新しいものができていく。面倒くさいけど、そういうやり方が大事で。「わからないことこそが面白い」(→#10)のは作ってる方も同じだから……まあそういう戦いを、長いことやっているクリエイターはみんな、たぶんテレ朝の加地(倫三 ※2)くんなんかもやってると思うんです。