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うつヌケ経験から分かった「なぜ5月は気分が落ち込んでしまうのか?」

小説家・貴志祐介×漫画家・田中圭一 『うつヌケ』対談#2

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ギャグ漫画家がうつ病になる理由

田中 小説の方はどうかわかりませんが、漫画業界ですと、売れ行き次第で同じ編集者でも別人かと思うくらい態度が違うわけです。あれはメンタルをやられますね。ただ、いま思うのは、うつのときに描いていた漫画はやっぱりあまりいいものではなかったな。

貴志 やはり影響があったんでしょうか。

田中 漫画は描き手のメンタルが反映されやすいんですが、精神状態が良くないと作者の心の闇というか翳りが見えてしまうんです。心身ともに回復してから、うつの最中に描いていた漫画を単行本化しようと言ってくれた編集者が何人かいました。でも「これはちょっとおかしいですよ、田中さん」ということになって形にならなかった。僕自身は当時面白いギャグ漫画を描いたつもりだったんですが、読み返したら全然笑えないものになっていた。

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貴志 ジャンルでの違いはありますか? 少女漫画家とギャグ漫画家とどっちがうつになりやすい、みたいな。

 

田中 少女漫画家のことはわかりませんが、ギャグ漫画家はみなさん真面目な方が多いです。自分が面白くても読者が面白いと思わなければ死活問題ですから。常に読者の顔色を窺うので、距離感を気にする人がものすごく多い。しかもギャグって毎回同じことをやっているとすぐに飽きられます。常に読者の期待を裏切りつつ、でも距離感も保つという繊細な作業を続けていると追い込まれるかもとは思います。

貴志 実際にそういう追い込まれた例があったりしますでしょうか。

田中 すっごい面白いギャグを描いていた漫画家さんが、どこかからブラックユーモアのほうへ行きすぎちゃって。センシティブな女の人が、いつもニコニコッと明るく振る舞っているのに、ちょっと気になる一言を言われた瞬間、手首をバサッと切るみたいな。これは笑えないでしょ、というギャグが混ざる。そんな例がありましたね。

 ギャグ漫画家もそうですけど、ホラー漫画家も同じように真面目な方が多いように思います。読者との距離感を絶対外せないという意味ではギャグもホラーも一緒ですよね。

 

貴志 小説の方で言うと、怖いものを書く人ほど、ちゃんとした社会人だったりする。デビューしてから多くのホラー作家に会いましたが、『リング』の鈴木光司さんをはじめ、みなさん明るくて常識的な方ばかりでした。作品通り怖い人が1人くらいいてもいいような気もしますが(笑)。ホラーとギャグは紙一重もあると思うんです。桂枝雀の緊張と緩和で言うと、緩和までもっていくと笑いになりますが、その手前で止めるとホラーになる。