うつのときに一番辛かったこと
貴志 漫画家として精神的な危機に陥ったことはなかったのでしょうか。
田中 うつの最中にとても辛い出来事が一つありました。それまで僕はさほど売れていませんでしたが、サブカル寄りでカルト的な人気があるギャグ漫画家というポジションにはいたんです。そういう漫画家の棚はどこにあるかというと、ヴィレッジヴァンガードという書店。とり・みきさん、唐沢なをきさん、おおひなたごうさんの並びに田中圭一の名前もある……はずなのに、ある日ヴィレバンに行ったら自分の名前がなかった。あれはきつかったなあ。
貴志 漫画を描きたくなくなることは?
田中 ありますね。でも描きたくないというよりは、締切が来て中途半端なまま出すのが嫌だなあ、もっとちゃんと練り上げたいのに、という気持ちです。
貴志 私も書きたくないと思ったことは一度もないのですが、目下の悩みは、目の前の締切で書かなきゃいけないものと自分の中でいま書きたいことの乖離が激しいことです。また、週刊誌や新聞で連載すると、否応なしに締切がきますから書きためておかないと病気もできない。
田中 週に何回かはお休みを取られてますか?
貴志 いいえ、ダラダラ仕事をしてしまいますね。本当なら週に1日は完全オフの日を作るのがいいんでしょうけど、つい溜まっている仕事を片付けようとしてしまいます。
田中 僕もそのタイプですね。アイディアがひらめいてなんぼの商売ですから、土日があったら、この2日考えればもう少し良くなるかも、と粘ってしまいます。
貴志 田中さんは、漫画の評判が気になりますか。それとも部数の方が気になりますか。
田中 批評については結構理論武装して反論できるんですよ。「あなたは面白くないと思うかもしれないけど、面白いと思う人もいるよ」みたいに。でも自分が面白いと思ったものが1万部も売れていない、と聞いたりするとがっくりですね。
貴志 娯楽として作品叩きをする人は一定数いますから、私もあまり気になりません。でも部数がある数字を下回ると、本が出せなくなるんじゃないか、という不安はありますね。