叡山電鉄は京都市北部を走る小さな鉄道会社だ。起点は出町柳駅。本線と鞍馬線の2路線がある。本線は高野川に沿って比叡山の麓、八瀬比叡山口まで。距離は5.6km、所要時間は約14分と短い。もう1本の鞍馬線は本線の途中、宝ケ池と鞍馬を結ぶ。距離は8.8km。所要時間は約30分。

 

先頭車の顔に「O」がある

 出町柳は京都御所の北東にあり、賀茂川と高野川が合流するあたり。高野川の上流が三千院で知られる大原だ。ここには大原女さんが暮らしていた。大原産の薪、柴、炭を頭に乗せて都に降り、行商する女性たちだ。都で物を売るならば、見目うるわしくたくましく。紺の着物に赤い帯とたすきといった装束で、その売り声も清々しく響き、京の都の風物詩であったという。

和菓子屋「出町ふたば」の豆餅

 豆餅で有名な和菓子屋「出町ふたば」は、大原女さんに人気があった。都で稼いだ大原女さんたちが帰路に立ち寄り、自分へのささやかなご褒美として豆餅を食べ、疲れを癒やして家路をたどった。時代が変わり、お客は大原女さんから稽古帰りの女学生になった。観光客で賑わう店先で、毎日のように小さな包みを買い求めるご近所さんの姿もある。

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 2018年3月、叡山電鉄本線に奇妙な姿の電車が現れた。先頭車の顔に「O」がある。アルファベットのオーか、アラビア数字のゼロか。黒地の顔に黄金色の「O」がある。車体は深い緑。こちらも金色の飾り帯がある。京都を訪れた訪日観光客がこの電車を見て、「オー」と言いつつ口をタテに開くから、「O」は「オー」ということにしようか。

 

「神秘的な雰囲気」や「時空を超えたダイナミズム」

 いやいや、叡山電鉄によると、この「楕円」は「神秘的な雰囲気」や「時空を超えたダイナミズム」を大胆に表現したそうだ。側面の金帯は「比叡山の山霧」のイメージ。なるほど、比叡山観光のシンボルとして、強力なメッセージ性を持つ電車だ。

 この電車の名は「ひえい」。外観も立派だけれど、車内もほかの電車より豪華。ロングシートだけど背もたれはひとりずつ背中を支える。窓や手すりも楕円のデザインをあしらった。

 

 叡山電鉄本線は大正14年に開業した。当時は京都電燈という電力会社の鉄道事業部門で、比叡山への参詣客を見込んだ。八瀬比叡山口から乗り換えるケーブルカーも同年開業した。少し遅れて昭和3年に、比叡山延暦寺付近までロープウェイが開通した。ただしこのロープウェイは戦時中に廃止され、戦後に短縮ルートで復活する。叡山電鉄本線、ケーブルカー、ロープウェイはいまでも比叡山参詣の主要ルートだ。そして滋賀県側からも京阪電鉄石山坂本線、坂本ケーブルで比叡山に上れる。ふたつのルートを組み合わせると、比叡山を中心とした大回遊路ができる。